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廃修道院解体で起きた事件は何の呪い?

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解体現場・・・都会でしたら周りに防護柵やネットで安全対策を行ってから解体作業に入るのですが、田舎のしかも廃墟になった所ではそんな安全対策を取らずに重機で「ガシャーン!」と壊していきます。

現場は廃修道院、これは解体作業中に起きたお話です。

目次

修道院の解体

俺は高校卒業後、すぐに解体屋に就職して5年目。最初は何もわからず親方や先輩たちに怒られてばかりでしたが、今は後輩も出来て指導できるところまで成長しました。5年も働いていれば家や工場、お店や学校に保育園など上げればきりが無いほど解体してきました。
いまの現場が終わり、次に移る時にチラッと親方たちの話しが聞こえ、それは、「次はやっかいな場所になるかもな」・・・という言葉です。

次の日、現場の下見に行き、一見、教会のようでしたが、建屋の名前は“修道院”。
解体手順の説明をする時に親方から、「まだ使えるステンドガラスやマリア像などの装飾品を綺麗に回収してから、解体するからよろしく頼むな」と指示があったのです。
5年働いていますが、まだ回収作業をしたことはありません。疑問に思った俺は、親方に「どうして今回は回収作業があるんですか?」と聞きましたが、親方は「依頼主からの頼みだからだ」としか言いませんでした。

作業がはじまる

次の日から作業を開始したのですが、昨日遠目で見た外装とは違い、内装は肝試しに来た奴らに荒らされ、壁は穴が開いていたりスプレーでイタズラ書きがされたり酷い有様。作業は備品を回収する班とステンドグラスを回収する班に別れ、俺たちはステンドグラスの回収する班です。

作業をしていると後輩が俺に「すごいラップ音しませんか?」と聞いてきたので、俺は「これは家鳴りだ」と言い聞かせます。家鳴りとは木造家屋でよくなる現象で、温度差や湿気の状態で気が膨張したり歪んだりして「パキッ!メキキ!」などの音が鳴るんです。私も入りたての頃に先輩から教えてもらったことなんですが・・・

俺も作業中はそれほど気にはなっていなかったんですが、休憩中や昼休憩の時は家鳴りが凄く気になっていたのです。
そんなときに後輩が「先輩たちはこんな廃墟ばかり解体してきて幽霊とか見た事ないんですか?」と聞いてきたので、
私は「解体する建物の大半は廃墟だ。そんな幽霊なんか気にしてられるか。そもそも幽霊なんか居るわけない!」と大きく否定しました。

なぜなら本当に幽霊を信じていないという事もありますが、現場の大半が何かしらの廃墟で、しかも地元の人間にしてみれば心霊スポットになっている所も多いのです。一度恐怖心を抱くと何かしらの物音などで仕事に身が入らなくなってしまい、最終的には辞めてしまう人を何人も見て来たこともあって、俺は大きく否定します。

次の日

次の日、体調不慮や発熱など様々の理由で数人の作業員が休んでいまいますが、俺は気にはしませんでした。しかし、日に日に休む人が増えていきやがて変なウワサが流れだします。それは備品回収組が多く休んでいたので「何か”呪われた物”でもあったんじゃないか?」というウワサです。

俺たちステングラス回収班の間でも噂され、ひとつ気になる事が・・・それは、俺たちの前にこの“修道院”の解体をしていたと思われる形跡があったのです。最初は気のせいかと思っていたのですが、既に所々ステンドグラスを回収している跡があったり、ドアや仕切り壁が外されている箇所もあったり。

気になる事の真実

なぜ気になるのか?というと、それは解体作業中に業者が変わる事はないからです。変わるとすれば、工期や受注料の未納や見積もりより金額が高くなりすぎてやめる場合、なにか中止せざるを得ない事故や事件がおきるの二択で、前者も後者も基本的にはほとんどない事例です。

そしてウワサはあっという間に広がり、作業開始から1週間で休む人間も半数近くになっていました。休んでる奴の中にはウワサに便乗してサボっている奴もいたと思いますが、ガテン系で日給月給の事情もあって、多少のケガや熱があっても出勤する人が多いはずなのに、半数の人間が休んでいる状況に臨時の説明会が開かれることになりました。

説明会

親方の話の説明は・・・・
俺たちの解体業者で3社目、前任の業者はケガ人と体調不慮が続出して撤退、いわゆる事故物件ではない、という内容。
そして休む人間が多い件は、原因不明でたぶん恐怖心で体調を崩している。との事でした。

俺たちステンドグラス班は納得がいかず愚痴を言いながら作業していましたが、実際に中途半端な現場を見て後輩たちは怖がっています。
臨時の説明会から1週間後、休む人は変わらず増えていき、人手不足で新しい作業員を何人も補っていました。もちろん臨時説明会の時の話は緘口令を敷いていましたが、また新しい噂が・・・・。

新しい噂

次の噂は、人影が通る、多人数の話声が聞こえる、鐘の音が聞こえる、歌声が聞こえる・・・というものでした。それと共に体調不慮で休む人もさらに増え、ついに回収作業に加わっていた親方までも倒れてしまう事態になります。

俺たちステンドグラス班は入院している同僚のお見舞いに行ったのですが、帯状疱疹が体中に出ていて熱も40度近く上がり、とても面会できる状態ではありませんでした。その光景を見てから俺たちにも恐怖心が湧いてしまい、作業はなかなかはかどりません。
そんな中、俺は大失態を犯してしまうのです。

忘れ物

人手不足のせいか、気持ち悪い現場のせいなのか俺は疲れ果てていました。作業終了後、さっさと家に帰って寝たいの一心で帰宅後、風呂も入らず寝てしまい、目を覚ますと深夜の0時を回っていたそのとき、あることに気付きました。

上着がない・・・上着の中には携帯電話と財布が入っています。明日取りに行けばいいとは思いましたが、今日は週末で明日はお休み。もしかしたら、現場に肝試しをしに来る奴らがいるかもしれない。そうなったら携帯も財布も取られる。でも頭の中では現場での現象が気になり、一人では取りに行けず携帯もないので、だれかに電話も出来ず困り果てていました。

少し悩んだ結果、近所に住んでいる同級生の家に直接行き、一緒に行く事を思いつきました。もちろん心霊スポットや今起きている現象を隠してです。
なんとか同級生の友達を連れて行く事になったのですが、友達はなにかを感じたのかのように「お前がこんなこと頼みに来るなんて珍しいな」と聞いてきましたが、「この後飲みに行きたくてよ」と誤魔化しました。

現場に

現場に着くとやはり昼間とは全然違う雰囲気で、本当に一人で来なくてよかった・・・と安堵しました。そして幸い肝試しに来ている奴らも居なくて、さっさと上着を取りに行く事にしました。
ところが、友達が急に「オレはここには入らんわ」と言い出したのです。
俺は「なんでよ」と聞くと「お前には聞こえないの?誰か歌ってるよ」というのです。
俺は「冗談はやめろや」といっても、「マジだから、たぶん讃美歌じゃねーか?」と歌詞まで聞こえているようでした。

なので俺は正直に友達に話すと、友達は「やっぱりな」と笑いました。
そしてこう続けます。「入ってもいいけど絶対に俺の背中だけ見てろ。振り向いてもよそ見してもダメ。これが条件だ」と真面目な顔していうので、「あぁ」としか言えませんでした。

友だちの肩に手を乗せ、背中だけを見て中に入っていき上着をを擦れて来た休憩場所まで案内しました。その間、かすかに歌声が聞こえます。
それを無視して進むと、今度は大人数が話す声が聞こえて来て、自分の心臓の音が早く大きくなっているのが分かりました。
なので俺は友達に「お前も聞こえてる?」と聞くと「ここ相当ヤバいな」とだけ言って先に進んでいきます。

もう少しで休憩所ってところで、いきなり鐘の音が“カーン、カーン”と響きます。
俺はビクッとしてビビりましたが、友達は平気な感じだったので、俺は「今の鐘の音聞こえた?」と聞くと「それは聞こえてない」と。

今すぐ走り出したい気持ちでしたが、友達の肩から手をはなす勇気もなく友達のペースで歩き、上着を取り戻した帰り道。
俺は友達の背中しか見ていませんが、視界のはじを黒い影が何度も通っていくのが見えます。

すごく怖くて後半は眼を閉じて歩いていると、友達が「もう外に出たから目開けていいぞ」と話しかけてきました。
俺は強がって「眼なんかつぶってないし」と返し、車に飛び乗ります。

帰りの車内では、俺は友達に「お前って霊感あんの?」と聞くと、友達は「俺がバイク事故起こしたの覚えてるか?その時からなんか見えたり聞こえたりするようになったんだよね」と笑って話していました。
そして友達は「あそこにはまだ修道士の霊が居るから、それにすがるように関係ない霊も集まってるんだよ。だから建物を無くしてもバンバン心霊現象は起こるよ」と。
俺は本当にビビりまくっていたので、怖さを紛らす為もあって、友達と朝まで飲み明かしたのでした。

修道院跡地

解体作業は普通の2倍以上かかりましたが、何とか終わります。
俺は上着を取りに行った次の日から、原因不明の高熱と幻聴にうなされ、幻聴はずっと耳元で囁くように讃美歌が聞こえていました。

熱が下がり現場に戻った頃には、当初からのメンバーはほとんどいなく休んでいましたが、木造部分がなくなりコンクリートと鉄筋だけになっていたので開放感からか恐怖心はなくなっていたのですが、最後まで家鳴り(ラップ音)は鳴っていました。

その後、友達に連れられて例の現場に行くと、そこには“修道院跡”と書かれた慰霊碑の様なものが建てられていたのでした。
あの後、友達は建物の過去が気になり少し調べると、昔あの辺りに刑務所があって、死刑囚に罪を聞い改めさせたり、長期刑の人には善の心の道を説いたりしていたらしいです。もちろん埋葬も。

時季になれば聖歌隊が歌を歌ったり、刑務所で亡くなった人を弔ったりととても地域に貢献していたらしいのですが、廃墟の原因になったのは修道士を惨殺するという事件が原因みたいです。
あの夜に、見たり聞いたりした出来事はもう二度と体験したくありません。

※画像はイメージです。

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