主人格と別人格が対立する多重人格。現在でこそ精神病の一種として認められていますが、その成り立ちや実態に関しては、まだまだ謎が多いです。今回は世界中の著名な多重人格者を取り上げ、彼ら彼女らの人格が何故分裂してしまったのか、どのような治療が成されてきたのか解説していきます。
知られざる多重人格のメカニズム
まず最初に、多重人格は俗称であることを前置きしたいです。正式名称は解離性同一性障害といい、一人の人間の中に複数の人格が存在する症例を指します。
二重人格の症例はかえって少なく、3人以上の人格が交代で現れるケースが多いことにも言及したいです。
これは一度人格が分裂してしまうと、新しいトラウマを体験をするたび別人格が生じる為。
解離性同一性障害の原因は、主に幼児期の虐待や育児放棄に起因します。特に多いのが性虐待。
これは当事者が目に見える外傷を負うことが少なく、周囲に気付かれにくいのと反比例し、重篤なPTSDを抱え込むから。
虐待の被害者は行為中、体外に意識を飛ばす方法を学びます。「痛い思いをしてるのは自分じゃない、よその子だ」と思い込むことで心を守るのです。
そんな哀しすぎる現実逃避が、別人格の発生を引き起こすのは想像に難くありません。
ベストセラーになった24人のビリー・ミリガン
ビリー・ミリガンは1955年生まれの男性です。彼は1977年に強盗・強姦の罪を犯し、オハイオ州で逮捕されました。
逮捕後のビリーはそれら全てが別人格の犯行だと供述、解離性同一性障害を患っていると主張します。
弁護士ジュディ・スティーヴンスンはビリーと面談を重ねるうち、彼の内に眠る複数の人格の存在に気付きました。
以下、ビリーの人格一覧です。
- ビリー(26歳)
主人格だが情緒不安定で滅多に出てこない。 - アーサー(22歳)
知的な英国紳士。語学堪能で博識。他の人格を統括する役割。 - レイゲン(23歳)
「再びの憎悪」(レイジ・アゲイン)略してレイゲン。憎しみの体現者。ビリーや女子供の人格を守るべく行動する。 - トミー(16歳)
養父に縄で縛られた時に生まれた人格。縄抜けの達人。 - アレン(18歳)
世渡り上手で快活。人生を楽しむ事を一番に考える。 - デイヴィッド(8歳)
他の人格の苦痛を引き受ける少年。泣き虫。 - クリスティーン(3歳)
実父の自殺未遂を目撃したショックで生まれた幼女の人格。失読症でお絵描きを好む。 - アダラナ(19歳)
同性愛者の女性の人格。家事が得意。
他、外見や年齢の異なる23の人格がビリーの中には存在していました。
ビリーが解離性同一性障害を発症したのは、養父の凄まじい虐待が原因でした。詳細はダニエル・キイスの著書「24人のビリー・ミリガン」で語られています。
曰く、ビリーの養父は幼いビリーを納屋に監禁し、縄で縛って吊るす、墓を掘らせて生き埋めにする、レイプするなどの惨たらしい虐待を加えていたそうです。
ビリーが抱える人格のうち、デイヴィッドなど年が幼いものは、養父の虐待がきっかけで分裂したと考えられています。
ダニエル・キイスの取材に応じたビリーは、別人格が喋ることを「スポット(特定の場所や地点)を支配する」と表現しました。解離性同一性障害に苦しみ、自殺未遂を繰り返したビリーは、精神病院での長い治療を経て、1991年に漸く退院を許されます。
当時、ビリーの多重人格は無罪を勝ち取る為の演技では、と疑問視する向きもありました。
しかし別人格はIQの測定数値も異なり、アレンがIQ120、デイヴィッドがIQ80を記録しています。アーサーに至ってはビリーが一切勉強した経験のない外国語を流暢に操っており、演技と断じるには不自然な点が多すぎました。
父親の拷問がきっかけで2500の人格に分裂した女性
オーストラリア在住のジェニ・ヘインズさんは、4歳から父親に虐待を受け続け、最終的に2500の人格に分裂しました。
ヘインズ一家はロンドンに住んでいました。その頃から実父はジェニさんに虐待を加えていましたが、シドニーに移住後、それはより過激な内容に変化していきます。
実父は当時4歳のジェニさんを連日暴行し、「俺はお前の考えてることが読める。告げ口するな。したら母親やきょうだいを皆殺しにする」と脅しました。
さらには自分の行為がばれないように娘の学校の活動や友達付き合いを制限し、「娘さんには才能がある」とコーチ直々に勧誘してきた、水泳の習い事すら断ります。
その後無断でレッスンを受けようとしたお仕置きと称し、幼いジェニさんを痛め付けたのです。
1984年に両親が離婚するまで倒錯した虐待は続き、ジェニさんは視力・顎・大腸・肛門・尾てい骨に不治の障害を抱えました。2011年には人工肛門形成手術を受けています。
ジェニさんにとって解離性同一性障害は、過酷な境遇を生き抜くためのサバイバル戦略でした。ジェニさん曰く、人格が分裂する節目には、特に辛い思い出や激しい暴行があったそうです。
成人後のジェニさんは法廷に立ち、6人の別人格に体を貸し、当時の状況を再現します。
最初に生まれた人格である4歳のシンフォニーは、父の残虐な行いを舌足らずな口調で告発。なお被害の口述は陪審員に多大な精神的苦痛をもたらす恐れがある為、傍聴人を排し、裁判官だけが聴取する形式をとりました。
結果、ジェニさんの父親は74歳の高齢にして禁固45年の実刑に処されています。
カルト教団の儀式が引き起こす悲劇
次に紹介するのは「17人のわたし ある多重人格女性の記録」(リチャード・ベア著 浅尾敦則訳)に登場するカレン。
鬱病を患い精神科医リチャードのもとを訪れたカレンは、カウンセリングの結果、解離性同一性障害と診断されます。
リチャードは17の人格を持ったカレンに根強い聞き取りを行い、幼少期から身近な人間に虐待を受け、カルト教団の儀式に関わっていた事実を突き止めました。
欧米において、カルトの儀式が子供の精神に与える影響は甚大です。その多くがドラッグを用い、性交渉を行うものであるからです。親が熱心な信者である場合、教祖や信者を相手に売春させられる実例も報告されています。
「スタンド・バイ・ミー」に出演し、早世を惜しまれた俳優リバー・フェニックスも、カルト宗教団体「神の子供たち」(現在のファミリー・インターナショナル)で幼少期を過ごし、きょうだいと共にレイプされた話が伝わっています。
カルト教団の体験がきっかけで解離性同一性障害を発症するケースは、「ジェニーのなかの400人」(ジュディス スペンサー著、小林宏明訳)でも語られています。
アメリカ南部の田舎町に私生児として生まれたジェニーは、既に信者だった母の意向により、2歳で悪魔崇拝のカルト教団に入れられました。その後は8歳で売春を強制される憂き目に遭い、十数年余りも生き地獄を味わいます。
カレンとジェニーの場合、儀式の場における人格交代は、凌辱からの数少ない逃避手段でした。
彼女たちはいずれも幼く、親に助けを求めることができません。その親こそが娘をカルトに売り渡した元凶なのです。故にビリー・ミリガンと同じく、「辛い目に遭ってるのは自分じゃない」「これは現実じゃない、別人の身に起きた出来事だ」と思い込み、辛うじて生き延びます。
しかしながら別人格に記憶を封じた反動は大きく、二十代~三十代で鬱病を患い、長期に亘るカウンセリング治療を経て、漸く幼少時の体験と向き合うのです。
生き地獄を生き抜く、サバイバル戦略としての多重人格
以上、著名な多重人格者の逸話を紹介しました。共通項として挙げられるのは、彼ら彼女らが壮絶なトラウマを負い、今もって苦しみもがいている現実です。
主人格に統合するか、共存していくか・・・どちらが最善の選択かは人によりけりでしょうが、辛い子供時代を過ごした人々が、一日も早く救済されるように願ってやみません。
※画像はイメージです。
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