オケラという名の虫がいる・・・漢字で表記するならば螻蛄。
かつて炭鉱マンのあいだでは、「仕事に向かう前にオケラを目にしたなら、その日は坑道に入らないほうがよい」という言い伝えがあった。
あるとき、この言い伝えに従った炭鉱マンがいた。
1963(昭和38)年11月9日(土)
その日の朝、彼は仕事にむかう直前になって、自宅玄関(炭鉱マンは雇用先の企業が用意した、従業員専用の社宅に住んでいた)へと忍びこんだオケラを見かけた。
彼は咄嗟になって「仕事に向かう前にオケラを目にしたなら、その日は坑道に入らないほうがよい」という言い伝えを思い出し、適当な言い訳をひねりだして勤務先に伝え、仕事を休むことに決めた。
まさか休む理由が「オケラを見たから」では話にならないが、とにかく彼は必死になって高熱が出たなどと強弁したらしい。なんとか言い訳を通して、その日は仕事を休んだ。
同居する家族には「オケラが出てきた日には、坑道には近づくな」とも言い渡した。家族のうち大人であった誰もが納得しなかったが、彼の幼かった子どもだけが「そういうものか」と事情をのんだ。
とはいえ、実際の彼は健康そのものだ。
言い訳のため自宅から外に出るわけにいかないが、幼い子どもと過ごす時間はある。彼は昼酒を口にしつつ、幼い子どもと遊んで過ごした。
時計が15時を過ぎた頃だった。
いきなり巨大な爆発音が街中にとどろいた。驚いた彼と子どもは、慌てて自宅の外へ飛び出して何事かと周囲を見回した。空を見上げると、キノコ雲のように巨大で黒々とした煙が遠くから立ち昇っていた。のちに三井三池炭鉱爆発事故と呼ばれた、1963(昭和13)年11月9日、福岡県下での出来事だった。
オケラと炭鉱と虫の知らせの関係性
わたしは元炭鉱マンであった父親をもつ人物から、先の体験談を耳にした。歳は60代なかばで、自身が幼かったころ、父親とともに体験した思い出だという。
オケラが「虫の知らせ」をする民間伝承など存在するのだろうか。わたしは疑問に思い、あとになって地元図書館や国立国会図書館に所蔵されている炭鉱、民間信仰、怪談の文献や論文などを調べてみた。が・・・いまのところ類似するエピソードは見つかっていない。
産炭作業とは、つねに死と隣り合わせの作業であった。それにしても一体いつ、どんな経緯で育まれたのか?
どうしてオケラが落盤事故や炭じん爆発事故の危険を知らせるのか?
さっぱり見当がつかない。
このエピソードを語ってくれた人物の隣には、彼とおなじ年齢の男性が居合わせていた。
その男性もまた「オケラの知らせ」を知っていたが、本人の記憶するかぎり、知ったのは1980年代前半ごろ。この頃、おなじ炭鉱では大規模な落盤事故が発生、多数の死者を出していた。
すでにYMOは散開、シティポップと呼ばれる音楽ジャンルが花ざかりであった時代にである。
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