シミュレーション仮説?臨死体験のようなものをしたときの話

当サイトは「Googleアドセンス」や「アフィリエイトプログラム」に参加しており広告表示を含んでいます。

私は今年2月にcovidになり命を落としかけました。その際、それを臨死体験と呼べるなら、そういう体験をしたので、ここに記載します。

 まず言っておきたいのは、夢とか幻覚(見えないものが見えるだとか、壁に虫が這っているだとか)の類ではなく、視覚、聴覚、嗅覚などさまざまな感覚がハッキリとしており、現実世界で体験したこととして、今でも信じて疑わないということです。心療内科にも行ってみて、事前に調べて症状に近い病名(統合失調症)ですかと聞いてみても、命を落としかけたそのときにしかその体験(症状)はなく、またこれまでの人生においてはもちろん、症状軽快後も同じ体験をしていないので、その可能性はないと見ている、との先生のご見解でした。一時的な幻覚なのか臨死体験なのか、自分の中で処理ができないので、読んでくださる方がいれば読んでいただこうと思い、リハビリがてら、キーボードを叩いています。

 2月に、covid陽性と分かり、その後、私は倒れ、入院しました。入院先で意識を取り戻すというか、自我を取り戻すまでの約3日間の間に、その体験をしました。

 私は、私という身体から私が抜け出して、同じように人間の姿をした人たちが浮遊する空間を漂っていました。ただ、それが私たちと同じ人間なのかどうかなのかまでは、分かりません。彼らと会話を交わすことはありませんでしたし、社交的な風には見えませんでした。私はその生き物(?)と同じ種類の存在なのだということは直覚しました。

 私を含め、彼らが浮遊しながら見ているのは、大小さまざまな世界(宇宙)でした。その世界は、柄のあるビー玉のような球体をしていて、その中で、それぞれ全く違う世界が繰り広げられておりました。その球体に近づくと、その中の世界の様子がどのような内容かを映像としてダイジェストのように観ることができ、面白そうだと思えばその中に入り、その世界の一員として、生きることができます。人間としてなのか、動物としてなのかまでは分かりませんが、私は色んな世界を横断する中で、一貫して、自我を持って、言葉(日本語)を話し、死ぬか、一通りそこでの経験を終えるか、あるいは飽きるかしたら、体験終了という形で、その浮遊空間にまた戻ってくるという仕組みです。そしてその世界の中の一つが、今こうして私や皆さまが生きている地球です。

 後になって聞いた話だと、医師は家族に“命が危ないかもしれない”と話していたそうで、ちょうどそのとき、私は上述のように浮遊しながら色んな世界を体験(?)していました。どれも思い出すだけで二度と体験したくない恐ろしいものでした。いくつか紹介したいです。

 例えば未知の菌が地球を汚染し、あと少しで人間は滅亡してしまうという世界に行きました。その菌は、所謂宇宙人が地球に撒いたもので、彼らの目的は人類を滅ぼして地球を手に入れることでした。ゲームとかアニメのようなお話ですが、私は突然同じ地球人に声を掛けられ、「地球がだめになる前に、人間たちを別の惑星に移す手助けをしてほしい」と言われ、自分がこれまでの人生で行ってきた行動や振る舞い、自分自身が出す力(オーラ?)のようなもので、総合的にどの程度の力を発揮できるかを判断され、任務を任される段取りまでいきました。しかし、最終審査(心底から怒りに打ち震え、泣くというもの)があり、その審査で及第点を貰えず、「この程度の人間だったのか。残念だけど、任務はお願いできない」ということを言われ、砂漠のようなところに私は放置されました。

 最後にチャンスを与えると言われ、再度同じ最終審査を受けましたが、もうそのときは投げやりな気分になり、なぜこの人達はいきなり自分に声をかけ、一方的に審査をし、挙句の果てに砂漠にほうられるのだろうと、憤りは覚えましたが、泣くことはできなかったので、結局不合格。地球での任務は大体遂行していたようで、私は未知の菌にやられ、それにより身体が蝕まれていくのを感じながら、今まで感じたことのない孤独・絶望感を覚えながら、砂漠の砂を見つめていました。

 他、自分がヤクザの息子を(詳細は省きます)事故的に殺めてしまい、その報復として消されそうになったこともありました。生かしておけないということで、銃口を向けられ、頭を撃ち抜かれそうになりましたが、しかし、なぜか弾は出ず、事なきを得ました。何回も何回もそれをしますが、結局弾は出ず、命拾いをすると、組長さんでしょうか、が「このかたを始末してはならない」とお達しをなさり、私は命を落とさずに済みました。そのかたがたは、日本を嫌い、アメリカの製品を愛する人達で、アメリカ製のタバコをプカプカと吹かしておりました。今でもその匂いはしっかり覚えていて、ハッキリ言って、とても不愉快な匂いでした。彼らの主題歌?のようなものがあるようで、それを歌ってくださいました。これまでの人生で一度も聴いたことのない曲調・歌詞の、哀愁漂う、ご自身たちの信念のようなものを歌ったものでした。そこでは、私は命を落とすことはなく、それを持って終わりというような形になりました。

 他、それまで送ってきた人生の内容(どのぐらい得を積んだとか、どのぐらい人に良くしたとか)で、死後、生まれ変わることが出来る世界が違う世界、人種は伏せますが特定の人種の中に割合高い確率で宇宙人が存在する世界など、など、挙げれば枚挙に暇がありませんが、とにかく、冒頭に書いたとおり、今なお、自分が実際に体験した記憶として鮮明に残っているのです。

 今私の頭の基本的な考えとしてあるのは、この世界(現世というのでしょうか)で、何を頑張っても、どんな得を積んでも、死んだら天国も地獄もなく、単に“ゲームオーバー”となるだけで、何も意味を持たないということです。この世界からアバターとしての自分は“ゲームオーバー”の状態となり、抜け出て、元の浮遊空間にいる自分に戻るだけ。

 ところで、もしそのような仕組みで諸々成り立っているならば、浮遊空間の自分も、あるいは実はアバターで、さらにその上(?)にプレイヤーとしての自分がいて、さらにその上にも、さらに……という疑問がわきました。

 調べていると、私の体験は、イーロン・マスクさんも考えているという「シミュレーション仮説」に一番近いように思われました。 簡単に言えば、この世界はシミュレーションされ、リアリティを持ったものだという仮説だそう。
 で、そういったシミュレーテッドリアリティの中に生きる人が、それをそれとして認識した場合、どうなるのか、といった疑問が残るそうですが、(認識したつもりでいる私は)よく分かりません。散々そのことについて考えましたが、今の医療技術ではいずれ人間は死にますし、日々をつつがなく生きることが必要なのかなと思っているところです。

 シミュレーテッドリアリティの世界には、何かしらの“バグ”があるとのことですが、ウェブ上の色んな記事を読んでいると(私の文は棚上げにさせてください)、明らかにおかしな日本語、文法が多用されているものがあり、ああ、これがバグなのかなと思ったのですが、今、同じページを見てみると、すんなり読める日本語の文章になっているので、それも不思議です。

 個人的には、人間ではなく、その構築された世界に、未だバグが存在していて、トライアンドエラーで、少しずつ修正されているのでは、と思いました。

斎藤えいこう

「奇妙な話を聞かせ続けて・・・」の応募作品です。
評価やコメントをお願いします。

※画像はイメージです。

面白かった?

平均評価: 0 / 5. 投票数: 0

投票がありませんよ、最初の評価をしてね!

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

思った事を何でも!ネガティブOK!

コメントする

コメントは日本語で入力してください。(スパム対策)

目次