“超光速戦闘機(ナイトウォッチ)””武装腕(アームドアーム)””相克渦動励振原理””虚空牙”・・・意味は見えずとも意図は伝わる…そんな語彙を巧みに操り、少年期の鋭敏な感受性を思い起こさせながらその「肌触り」を通じて現実感と薄皮一枚隔てた”世界の果てとその向こう側”を交錯するように光芒閃き銃火交わされる「最強」を巡るジュブナイルSFシリーズ三部作をご紹介致します。
本作は00年代ライトノベルにおいて、後年「セカイ系」等とジャンル分けが為される嚆矢ともされる「上遠野浩平」氏の手掛けた作品群の内、SFバトルアクション色を押し出す事で氏の出世作である「ブギーポップ」シリーズから分化した初の派生シリーズとされます。
宇宙、或いは精神世界を思わせる拡がりを見せる氏の世界観を押し広げる事となった作品にして、その緊張感張り詰める独特の戦闘描写を一層深化させた作品となっています。
「超高度な技術が衝突する中で最後に雌雄を決するのは意思と身に付いた身体能力だった」…重圧すら感じる絶対虚空の暗闇で、そんな「戦いの哲学(美学)」を感じられる一作です。
「人類最強」は戦術も戦域も選ばず!?ミクロとマクロの戦域行き交う静かで苛烈な「戦闘描写」から目が離せない!
星の光すらも遠くへと去り、星間物質の存在すら忘れられたように拡がる「絶対真空」の只中…広大な宇宙空間にあってその存在が予見されている文字通りの「何も無い」領域…地球から遙か遠く、光速に近い速度で飛んだとてヒトの寿命では及びも付かない程の遠く…そんな領域にまで到達した人類は、何も無い「虚空」のような領域でも「戦う」という機能から逃れられる事は無かった、と言うようにシリーズを象徴する存在である「超光速戦闘機(ナイトウォッチ)」を駆る人類側と、何処から現れたかすら定かではない超存在・仮称「虚空牙」との悪夢のような戦闘から物語は幕を開く。
およそ現代の人類には理解出来ずとも「人類」という感覚で繋がるならばその「凄まじさ」だけは理解出来ようというあまりに凄まじい戦闘…周囲に惑星や星系があったなら、その一撃の余波だけでどれ程の破壊が巻き起こされているかという「静かで激しい一騎打ち」が全霊で繰り広げられる世界が「現実」であると示されます。
果てしなく進歩を遂げ、超技術と言わしめる領域にまで辿り着いてしまった故に、人間の感覚からは最早「異形」…作中においては「あらゆる生き物の骨格標本を継ぎ接ぎした骨細工」という表現で表わされる…に成り果てた「人類側の駆る超兵器」が躍りかかる相手は、やはり異形でこそあれ均整の取れた「輝く人型」という、不可思議な「逆転構造」を織り込み、余波だけで幾つもの星系を滅ぼしかねないスケール感が全く違う展開する中で互いに必殺の一撃を伺い合う「ぶつかり合い」が描き出される。
進化途上にあるが如きの「人間」その精神性
如何にそこまで辿り漬ける超技術を得たとて、皮肉にもそれを駆るのは未だ進化の途上にあるが如きの「人間」であり、その精神性とは「地に足を付けなければ生きて行けない人間」のままに、絶対真空の只中にまで辿り着いてしまった姿。
そうした「人間」の「精神性を保護するもう一つの世界」として作り出されるのが、読者の視点における「現代」に近いであろう「(仮想)世界」です。言わばこの「物理的な後方」に加え「精神を退避させる為の後方」に当たる世界…「ソフトターゲット」に対しても同時攻撃を仕掛けられる状況にまで「戦域が拡大」するのが、この「ナイトウォッチ」シリーズにおける一連の「戦闘」となっていきます。
本来そのような戦闘とは無縁の世界にあって、戦いという「非日常」が「変質した日常」の如く侵食していく…それは「ジュブナイル」な世界観にあって良く語られる「授業中に謎の戦力から襲撃されたら」「日常の街並みで戦闘が発生したら」というシチュエーションそのものと言える展開であり、例え非力であろうと武器となるものが何も無かろうと、与えられた環境や状況を如何に扱って切り抜けて行くのか…正しく「思考実験」と言えるような目まぐるしい戦闘展開も、登場人物の心理描写と合わせて緻密に描き出されていく書き味には不思議な「爽快感」すら覚えるもの。
この「二つの全く異なるスケール感の世界」が「並行する同じ状況を通じた”戦い”」であるという、途轍もない非現実感を通じながら「戦い」という一点で以て奇妙な共通性を得る感覚、是非とも「体感」して頂きたいものです。
「戦いという行為」「最強という概念」・・・「少年期(ジュブナイル)」の人類に向けられる、あまりに大きくも確かな切っ掛けに必要な「物語」
地球から生まれた人間が漂泊するにはあまりに広すぎる宇宙という空間へ漕ぎ出したのが最早何時であったのかも分からなくなるような背景を得ながら、それでもまだ存在の定義としては「人間という枠組み」からは抜け出せない…改めて整理すれば非常にアンバランスな「少年期」の如き存在である「人類」と、それを支える存在や「敵対者」として描かれる存在の居並ぶ本シリーズは、こうした「種としての少年期」を表象するSFとして描かれている作品と言う事も出来るものとなっています。
「現実」と「現実を守る為の仮想世界」という「マクロ」と「ミクロ」の世界を対比させながら、ユーザーとしての「人間」が存在する以上「互いに相関し合う、あまりに違い過ぎる世界」の間で、物理的に最も先鋭化した「行動」とも言える「生存競争…戦い」という描写に迫り、その真に迫る展開の中で「最強」という一つの軸を提起してみせる事で「その先」に何が見えるのか…個人に帰するならばあまりに遠大すぎ、答えが仮に見えたとしてもどうにもならないと言える「哲学」に対し「戦闘」という如何にも即物的且つ刹那的な「フィルター」を掛ける事で、その遠大な「空間」を埋めて行こうとする、そんな「上遠野浩平」氏らしいアプローチを含めた作品となっています。
まるでそれは戦いという「一手一手」が「すべからく生きる意思に左右されるもの」であると同時に「戦いの結果」がまた「大きな選択と次の結果へ至る道」であると言うように、緻密な描写一つ一つから得られていく積み重ねが物語の足掛かりとなっていく感覚は、数ある「上遠野浩平」氏の作品にあっても本シリーズが特に研ぎ澄まされたものであると言えるかもしれません。
それは物語の主たる軸を「絶大すぎる戦闘能力を持つ者」に据えつつ、しかしその「強さ」を持ってしても抗えない「孤独」や「漂泊」という「あらゆる要素が削ぎ落とされた状況」が描き出すものであるが故の「風景」というものかもしれません。
「命のやり取り…戦い」という「最も先鋭化した行動」を「あまりにも違う存在の間を結ぶもの」として描く、いっそ悪辣とすら言えるかもしれない”未知との遭遇”としても読める「読み返す程にクセになる」作品です。
本シリーズをお勧めする訳
本シリーズは2000年に「徳間デュアル文庫」から発刊された『ぼくらは虚空に夜を視る』を筆頭に『わたしは虚夢を月に聴く』『あなたは虚人と星に舞う』の三部作として発刊された作品群です。
現在は「星海社文庫」から復刊されており、電子化はされていませんが、入手は比較的容易となっています。
「上遠野浩平」氏の作品において特徴とされる他作品との関係性もありますが、初期の作品という事もあって後続の作品に広く展開していく要素が多い為、氏の作品における入口として価値の有る作品だと言えます。
今回「シリーズ」として紹介させて頂いたのも、特に1作目である『ぼくらは虚空に夜を視る』と3作目である『あなたは虚人と星に舞う』における非常に重要な展開にあって(直接的な続編というものではないものの)2作の関係性が深く、是非とも並べて読んで頂きたいという事情から敢えて「シリーズ」での紹介とさせて頂きました。
「戦闘」という人間の行為を冷徹に、しかし何処か「思いやる」ような暖かさも含んだ視点で以て描き出す卓越した描写を是非お楽しみ下さい!
(C) 上遠野浩平
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