実はけっこうドロドロしていた「OK牧場の決斗」

ガンファイトが好きなら一度はかじったことのあるジャンル「西部劇」。

その代表作で何度もリメイクされている「OK牧場の決斗」は実際の事件を舞台にしています。 しかし、映画のような勧善懲悪とかヒロイックなものではなかったようなのです…。

決闘の経緯

■ ワイアット・アープ /21歳の頃 1869年頃
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決闘は1881年10月26日、アリゾナ州トゥームストーンで実際に起きた事件です。
保安官ワイアット・アープとその兄弟、盟友のドク・ホリデイとクラントン兄弟を中心とするカウボーズとの間で銃撃戦が起こったのです。

結果、カウボーイ側のビリー・クラントン、マクローリ兄弟が死亡。ワイアットも負傷します。
そして郡の保安官によってワイアットらは殺人罪で起訴されたり、闇討ちに遭ったりしながらも逆襲して相手を殺害しています。
ワイアットらはコロラド州に逃れ、一連の事件は終息しました。

ワイアット=正義ではない?

(C) 1956 OK牧場の決斗 BY Paramount Pictures. Hal B.Wallis and Joseph H.Hazen All Rights Reserved.

映画ではワイアットはバート・ランカスターなどが演じていかにも正義の側という描かれ方ですが、実際はけっこうな人だったようです。
彼はカンザス州で保安官助手をしていましたが、上司と喧嘩したり、取り締まりが無茶苦茶だったりで長続きせず流浪の果てにトゥームストーンに移り住みました。

正式には兄のバージルがトゥームストーンの保安官に就任したのであり、ワイアット自身は賭博場や売春宿を経営していたようです。
また、郡保安官と女性関係で揉めたりしています。このことが決闘後に保安官同士で嫌疑を掛け合う一因にもなっています。

なんでワイアットはヒーローになったのか

(C) 1956 OK牧場の決斗 BY Paramount Pictures. Hal B.Wallis and Joseph H.Hazen All Rights Reserved.

前後の事情と状況だけ見たら、どっちもどっちな連中同士のいざこざに過ぎないこの決闘。
どうして西部劇の代名詞にまでなったのか…それは晩年のワイアットが取った行動が原因なのです。

彼は晩年ロサンゼルスに移り住み、自身の体験を切り売りして生活していました。
これがきっかけでジョン・フォード監督と交友を持ったと言われています。

フォードはワイアットに影響を受けて次々と西部劇映画を手掛けていくことになりました。
ジョン・フォード監督作品で西部劇の代表作「駅馬車」に次ぐヒット作は実はOK牧場をテーマにした「荒野の決闘」なのです。
この作品がリメイクされバート・ランカスターの「OK牧場の決斗」になっていったわけです。

結論からいえば

ワイアットは自分を題材にした映画のリメイクで一躍ヒーローになってしまいました。
このことを彼自身が望んでいたのかどうかは今となっては永遠の謎ですね。

■ 淀川長治 解説「OK牧場の決斗」


gさん 
サバゲー、コスプレ、戦史研究にハマっています

(C) 1956 OK牧場の決斗 BY Paramount Pictures. Hal B.Wallis and Joseph H.Hazen All Rights Reserved.

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