おそロシア最凶!「赤い切り裂き魔」が12年も野放しにされたワケ

「わがソビエト連邦にシリアルキラーはいません。なぜなら、連続殺人は資本主義国家の病理だからでーす!」と、かつてソ連のえらい人は言った。

だからゴルビー政権下のグラスノスチ(情報公開)でチカティーロさんの蛮行が世界に知れ渡った時、「なんだよ、やっぱりいるじゃんかよ」「チカティーロ半端ないって」とあきれたのは筆者だけではないはずだ。考えてみれば、そりゃそうだろう。彼らの狂気は、社会体制などでどうにかできるシロモノではないのだから。

シリアルキラーたちの映像や写真からは、まず例外なく禍々しい波動を感じるが、ロシア代表のこの人が放つ負のオーラもすさまじい。

脳は撃つな。日本人が俺の脳を買いたがっている

1994年2月14日、アンドレイ・ロマノビッチ・チカティーロはこのような言葉を残してマカロフの銃弾により処刑された。なぜ処刑されたかというと、50人以上の女性や子どもを殺して食べたからだ。なぜ殺して食べたかというと、オノレの性的欲求を満たすためだった。

このような衝動を動機とする殺害行為は、快楽殺人の中でも“lust murder(淫楽殺人)”と呼ばれる。“lust”とは肉欲のことで、キリスト教の七つの大罪にもなっている。なっているのだが、わが家は神道だから関係ないもんね。

淫楽殺人者の困ったところは、「殺害の高揚=性的興奮」という意味不明な生理メカニズムがあることだ。殺人が目的ではなく、快楽を得る手段としての殺害行為。「殺人=快楽」という図式だから、例えば怨恨殺人のように「パワハラ上司が憎い→殺意メラメラ→ナイフでブス!→こここ殺しちまった→おしまい」という一回こっきりでは終わらない。犯行は繰り返され、そのたびに被害者の肉体はきわめて無惨に破壊される。彼らは人を殺さずには生きていけない。運よく逮捕を逃れれば、シリアルキラーの殿堂入りというわけだ。

問答無用の死刑判決、それでも遺族は納得せず

ようやく逮捕されたアンドレイが精神鑑定やら取り調べやらを受けていた1991年、ソビエト連邦は地上から消滅した。
ロシアになってから開かれた公判では、被告席のアンドレイを鉄格子で囲う措置がとられた。誰かに危害を加えるのを防ぐためではなく、被害者遺族がアンドレイを血祭りにあげそうな勢いだったからだ。

傍聴席から怒号が飛ぶなか、ニコニコと彼らに手を振り、ポルノ雑誌をこれ見よがしにはためかせるアンドレイ。本日も絶好調のイカレっぷりである。てか、そんなもん法廷に持ち込ませるなよ裁判所。妹を殺された男性が鉄パイプを檻に投げつけ、わが子を殺された母親が怒りで体を震わせながら被告席に歩み寄る。
「人殺し! あの子を返してよ!」
「そのケダモノを私たちに引き渡してくれ。そいつがみんなにしたように、この手で八つ裂きにしてやる!」
しかし、これらの言葉はアンドレイには通じない。
「おまえのガキは、俺が食ってクソにしてやったぜ。とっくに蠅のエサだろうよ!」

とても信じられないが、これでも子を持つ元教師なのだ。アンドレイの顔写真を年代順に追っていくと、人相の変わりようがよくわかる。内向的な美少年風の顔立ちをした青年が、完全にぶっ壊れたあとは悪魔の形相をみせる。眼の光も違う。人間の顔とは、ここまで変わるものなのか。

6か月におよぶ公判のあいだ、アンドレイは両親、共産党、ホロドモール(人為的大飢饉)、人肉食などにすべての責任を転嫁。そればかりか、パンパカバーンと息子スティックを露出するなどしてチカティーロ・ショーを繰り広げた。死刑判決が下されても遺族の怒りはおさまらなかった。

とことん悪運の強い男

この黒い欲望に支配された殺人鬼が野放しにされていた年月は、なんと12年。
「連続殺人はブルジョワ国家の現象」という国のプロパガンダのせいで、子どもたちは大人に対する警戒心を教えられていなかった。アンドレイの職業も犯行に有利に働いた。国営工場の物資補給係という仕事は各地の工場から工場へと出張する。当時の縦割り型の警察機構では、広域連続殺人事件の全容を把握することは不可能だった。

犯行がソ連全土に及んだことや、被害者が男女を問わなかったことから警察は同一犯と考えず、最終的にKGBが介入するまで本格的な捜査を行っていない。連続殺人事件であることに気づいた時は30人が犠牲になっていた。

それでもアンドレイはとにかく悪運が強かった。不審人物として連行された時も運よく釈放されている。アンドレイの血液型と犯人の体液の血液型が一致せず、シロとみなされたからだ。DNA鑑定がない当時の科学では、犯人の血液と遺留体液の型は一致すると信じられていた。判定結果が一致しないケースもあることがわかったのは数年後のことである。かくして、キ○ガイは再び野に放たれた。

チカティーロ語録

チカティーロはこんな言葉を残している。

「なぜ人を殺すのかって? 捕まらなかったからだよ。殺人にためらいは感じないね、義務感さえあった」
「俺は社会貢献したよな。価値のない人間を掃除したんだから」
「1983年からの1年間がいちばん脂がのってたね。どうしたら相手が苦しむか、次から次へとアイディアが浮かんできて、実行するのが追いつかないほどだった。俺の探求心が妥協を許さなかったってわけさ」

この男がのぞいていた深淵は、いったいどれほど深かったのか。以降のロシアの殺人犯たちに及ぼした影響も少なくなく、そうした意味でもトップクラスのシリアルキラーといえるだろう。
警察力がまともに機能しない社会に快楽殺人鬼が放たれることの恐ろしさ。この事件はそれを教えてくれている気がする。

※画像はイメージです。

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