時は西暦1998年…それは「今となっては」ついぞ訪れる事の無かった過去であり、しかし本作刊行当時は「少し未来」という交わる事の無かった世界での物語。
元号がまだ「昭和」だった1988年の刊行時より30余年。よもや文脈それ自体が「SF」のような妙味を感じさせる世界観にあって、色褪せる事も古臭くも無く、その当時において未来を描こうとした人々が「真剣に」「今より少し未来」をイメージした「うんざりするようなリアリティ」と「少しのもしも」が、毒気満載なのに軽妙でコミカルなタッチを描き出せば当代有数の漫画家「ゆうきまさみ」氏の手によって描き出されたのがこの「機動警察パトレイバー」という作品です。
人型の大型作業機「レイバー」が勇ましくズシンズシンと街中を踏み鳴らせば…近所の人が怒り出し、慌てたお巡りさんが交通整理に走っては拡声器片手のお叱りを飛ばしてくれる…そんな世界で戦う「日本型ポリスアクション」をお楽しみあれ!
「すこしふしぎ」な未来の過去で「歩く重機(?!)」が暴れて騒ぐ!ケレンとロマンが美しい「がんばるお巡りさんアクション」ここに見参!
本作で語られる世界は西暦1998年…先に少し触れた通り、現在から見れば「過去」となってしまった世界ですが、刊行開始当時である1988年(昭和63年)においては「10年後」を見据えた「今より少し先の未来」を「現実の延長として」緻密な検証を踏まえて描き出す物語となっています。
物語の主役とも言える「レイバー」も、その存在を許容するという部分においての飛躍を踏まえるものの、開発と定着に至るまでの技術的動向…関節部を稼働させる高出力モーターの性能向上やカバー部などを構成する炭素系や樹脂系新素材、複雑な機構を統制するコンピューティングシステムの機能向上等…や現場における需要…バブル期における土地造成や建設需要の高度化・多様化に伴う労働環境の悪化から、その抜本的改革として小回りが利く全天多用途型でパワフルな重機需要が増大する等…といった「世情」を背景にして「レイバー(Labor=”労働”)」を称する「多足歩行大型マニピュレーター」という新手の重機が市場を席巻した、という「事情」を抱えて動き回っているものとされます。
そんな世界で生まれ落ちた警察用レイバーこと「パトロールレイバー」は、正に「市民の皆様をお守り致します」というスマートで勇ましい出で立ち…他ならぬ乗り手となるお巡りさん達をして「趣味に走りすぎ」という感想を持たせてしまう姿で現れます。
実はこの2021年の現在であれば、街中にそびえ立つその姿を「実物」としてご覧になった方も少なくないかもしれません。その良く言えば格好良く、少々悪し様な言い方をすればケレン味溢れるその出で立ちにも「メッセージ性」というハードなリアリティを込めて送り出された技師整備士泣かせのレイバーを駆って、最初は歩く事も覚束無い白紙の期待が巨人サイズの特殊警棒や警備用盾、警察用拳銃を片手に、乗り手が身につけた犯人確保用武術を相棒に、パトレイバーでなければ相手が出来ないとんでもない「犯人」達を相手取っていく。
・・・そんな日常的地道さと非日常のファンタジックなビッグアクションが、切迫感やニオイすら感じる程の「リアリティ」で以て描き出されるのが、本作の魅力と言えるもの。
今となっては「そんな現実があったかもしれない」とすら思わせる「戦う重機」のアクションをご覧あれ。
汝「悪」を装い戯れなば。法理を嗤い正義に挑み「罪(Gulity)」と「犯罪(Clime)」の隙間を鋭く抉る、悪徳の問い掛けをご覧あれ。
本作は、現実世界においても同様に存在する日本の司法機関である警察において、重機などの「特殊車両」を扱い警察業務を果たすチームの中において、法律上の分類では重機の一種となるレイバーを扱う部隊として配備された「特車二課」という組織に身を置く人物達を中心に物語が描かれます。
改めてこの前提を示した通り、本作においてはこの「行政が動く原理」であると共に「犯罪者として裁かれる理念」ともなる「法律」を検証し、取り込んで描き出される組織や人物、それを取り巻く「現実的」な物語が描かれます。
それは「レイバー」という「非現実的な要素」が如何に法律で縛られるか、という事を端的に現わした「特車二課」の立場に始まり、レイバーという大きく強い、生身の人間ではその暴力に対抗する事が出来ない存在が世に解き放たれてしまったが故に「歪みを顕在化させる社会」を真っ向から描き出します。
それはレイバーという強力過ぎる労働力によって働く場所を奪われたと主張する人々であったり、レイバーという暴力で以て個人的な鬱屈を晴らそうとする人であったり、或いは壊れた機械が暴走を始めるという「良くある(途轍もない被害をもたらす)事故」であったり、時には環境問題(!?)を相手取ったりと、某科学特捜隊もかくやという何でも屋ぶりです。
そんな中で、本作を知る人、或いは知らない人ですら何かで聞き及んだ程度には知っている事があるかもしれない、原作漫画のラスボス的存在として君臨する「内海」氏の存在は語り草となっています。
いわゆる巨大コングロマリットである「シャフト・エンタープライズ」に籍を置く、課長という肩書きは持つものの、社会的身分としては「一介の企業人」に過ぎない一見人畜無害な笑顔を絶やさない人物は、而してその職権で以て得た知識や情報をその「子供じみた飽くなき好奇心」で以て、遂には日本の法理における致命的な脆弱性を衝いてしまうという苛烈極まりない「挑戦状」を叩き付けてしまう所にまで到達したのです。
その詳細はネタバレ以前の問題として、あまりに「危険」である事から本稿では憚られてしまうものとして是非とも原作漫画へ触れて頂きたい所ですが、かつては「創作での出来事」と片付けられてしまうような事であったものが、決して笑い事で済まないという「リアリティ」を今にして問い掛けられてしまっているものと感じられてしまいます。
その「非現実であったからこそ語って見せられた圧倒的リアル」を見返してみるという価値が、今本作を紹介する価値の一端ではないかと思う次第です。
原作漫画を出発点した本作
本作は原作漫画を出発点として、アニメ、OVA、劇場版、小説など、複数の媒体によって展開された「メディアミックス」作品であり、いずれ劣らぬクオリティで以て制作されたものとなっています。
昨今では「4DX」等によって過去の劇場版がリメイクされる等の展開も活発化しており、今なお色褪せる事の無い作品として楽しめるものとなっています。とは言え、旧作品のリメイクでは作中時代背景などについて、制作年代を踏襲した表現等が頻出する(特に技術動向や政情に関するものなど)事もあり、現在の観点からではやや理解し難い点があるかもしれません。
その為、出発点である漫画版を通読されてから、派生各作品へ当たって行くと面白さを一層深める事が出来るかもしれません。
(C) 機動警察パトレイバー ゆうきまさみ 小学館/週刊少年サンデー
(C) 機動警察パトレイバー ON TELEVISION HEADGEAR/BANDAI VISUAL/TFC
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