私が中高生だった40年前、お小遣いをもらうと必ずプラモデルを買いに行きました。しかし、今となっては当時ではお釣りがくるほどだった1000円では、ほとんど何も買えません。
当時を振り返りながら、現代のプラモデル作りのお話しします。
最初はタミヤから
あの頃、誰もが1度は通る道なのが、タミヤのスケールモデルです。
飛行機、自動車、戦車、戦艦と豊富なラインナップに、どのメーカーよりもリアルで手にしやすい値段。男子の心を鷲掴みされたものです。
特に私は自動車が大好きだったので、1/24スポーツカーシリーズを好んで買っていました。
タミヤの説明書には、色番号で使用する塗料が列挙されており、私が初めて買って塗ったのは「音速の貴公子」アイルトン・セナが乗る、マクラーレンMP4/4。
1度組み立て完成したものの、ボディカウルの「マールボロカラー」という赤と白の塗り分け方が悩みどころで、真っ赤な塗装で仕上げるか、付属のデカールを貼るだけかと試行錯誤して、何体も作ってしまいました。
一番上手くできたのは、雑誌などの印刷物でみると一段暗くなってしまうことを考慮して、鮮やかな蛍光レッドで塗装して、出しにクリア塗料を上塗りしたキットです。
マルボロカラーの赤を出すために様々な塗料で塗ってみたのですが、私なりの正解はアサヒペンでした。
マクラーレンのファクトリーはイギリスですが、「アサヒペンの塗料を使っているのか」と想像してしまうような見事な仕上がりだったのを今でも忘れません。
他にも車のキットを作る際にボディは実写のように色艶あり色、窓枠のゴムを再現するため、塗料がはみ出さないようにマスキングテープを貼って艶消しの黒を塗るのが大変でした。
実に難しかったのですが、うまくできた塗れたの喜びを今でも忘れらません。
今でも自室の茶ダンスには、お気に入りの3台の自動車が飾ってあります。
スケールモデルからガンプラへ
中学生になると、世間に空前のガンダムブームが訪れます。
それとはウラハラに、当時のモデラーはスケールモデルが王道という空気感。さらに家にテレビは1台しかなかありませんでした。姉がチャンネル権を掌握し、ガンダムのアニメをみられない事もあって、アニメのプラモなんて幼稚と斜に構えていました。
しかし、そんな事を言っていると、子供達の間の同調圧力は、今よりも強めでクラスで抜けものにされてしまう。模型誌ホビージャパンでも特集が組まれるようになり、懐柔されて、ついにガンプラにも手を染める事になったのです。
ようやくガンプラを購入しようとホビーショップに走った私を待ち構えていたのは、苛烈な購入競争。
当時は入荷したら直ぐに売り切れてしまい、人気のあるプラモは入手不可能な状態。
そんなときに目に入ってきたのが、「抱き合わせ販売」だったのです。
「抱き合わせ販売」脅威のメカニズム
抱き合わせ販売というのは、人気のあるプラモと絶対誰も買わないようなプラモを纏めて販売する、汚い大人のやり口です。
特に大人気のガンダムやシャー専用ザクは、その価格の倍はするお城や水車小屋のどうしようもない物と抱き合わせさえれていました。
でもどうしても赤くてカッコいいシャー専用ザクがほしい。アニメは観ていませんが、「マールボロカラー」に洗脳された私は「赤」という色にご執心。泣く泣くお小遣いをはたいて購入しました。
ところが、ガンプラよりも抱き合わせの水車小屋にハマったのです。その理由として、今では考えられないでしょうが、プラモデルに種まきをして草を生やすギミック?が付いているからです。
水車小屋やその周りをできる限りリアルに作り、毎日水をやって成長させ、そこそこに草が伸びた時の達成感はたまらないものでした。スイッチをいれると水が流れ水車が回るので、まるで田舎に来たような思いがしました。
これをきっかけにジオラマづくりにも興味が湧いたのでした。
私と最近のプラモデル
あれだけ趣味の王様のようだったプラモデルも、おそらく少子高齢化の影響もあって下火になり、ガンプラばかりでミリタリーモデルは新製品がほとんど販売されない時代になっていきました。
ホビーショップは次々と閉店、思い出とともに消えてゆき、いつしか私もプラモデルを作らなくなりました。
ただ、接着不要の商品や、色を塗らなくてもよいように色分けされたプラスチックが使われるようになり、昔とくらべると遥かに、作るハードルが低くなったことに感心しています。
病院のリハビリテーション室にガンダムのプラモデルを見かけ、もう一度作ってみよう、そんな気がしてきた昨今です。
※画像はイメージです。


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