太平洋戦争で使われた魔術?!大元帥法「ルーズベルト呪殺作戦」

太平洋戦争末期の1945年、軍部は戦況悪化を巻き返すためにルーズベルト大統領の暗殺を計画し、その方法は「呪殺」。
果たして本当なのでしょうか?
映画化された荒保宏の小説「帝都物語」でも描かれた「ルーズベルト呪殺作戦」とはなんなのか・・・解説していきます。

目次

「ルーズベルト呪殺作戦」とは?

1945年1月の第二次世界大戦末期。
全てにおいて疲弊していた当時の軍上層部は、日本の起死回生の方法として、当時のアメリカのルーズベルト大統領の暗殺を画策します。しかし敗戦確実の日本は実行に移すだけの余力は残っておらず、そこで考えられたのが密教の呪術「大元帥法」による暗殺。

それは全国から位が高い密教僧30人による祈祷を電波塔で増幅させ呪いを送信するという作戦だったと言われ、内務省が全国の社寺に敵国降伏の調伏を指示していたという話もあり、大規模かつ組織的な計画だったとも言われています。

大元帥法と大元帥明王?

真言密教の「大元帥法(たいげんのほう)」は、秘仏である「大元帥明王」を本尊として「外国より攻めてくる敵からの防衛」「敵国降伏」「伏難」「勝軍」を祈願し、効力の高さから最恐といわれており、密教において伝授を制限された5つの秘宝の一つとされ、天皇陛下のいる宮中以外で執り行うのは許されなかったそうです。

大元帥法が効力を発した実例として、平安時代の「平将門の乱」に将門を打ち取り、元寇には神風を吹かせ、日露戦争も勝利に導いたと言われています。それぞれの説明は長くなりますので割愛させて頂きますが、どれも偶然が重なっての結果とも言え、その偶然自体が「大元帥法」によってもたらされたと考えると恐ろしい効力です。

大元帥明王についてもここで説明します。
梵名アータヴァカといい、元来はインドの薬叉神。子供を喰らう悪鬼だったのですが、仏教にふれて改心して国土護る明王となります。平安時代、空海の弟子・常暁によって日本に持ち込まれたのですが、その姿は蛇を纏い、二匹の邪気を踏みつけて恐ろしい形相で睨みつけ、「大元帥法」の効果が伺えます。

「ルーズベルト呪殺作戦」の結末

祈祷を始めて3か月後の1945年4月12日にルーズベルト大統領は急死。
ルーズベルトの死因について、アメリカでは「脳卒中」、日本では朝日新聞などで「神罰」と報じられています。

ルーズベルト大統領は亡くなりますが、暗殺の目的である米軍の戦意喪失は起こらずに1945年8月15日に日本は敗戦し戦争は終わります。そもそも日本人の大将の首を取れば敵は負けを認めるという戦争観は通じなかったのです。

しかし戦後にアメリカ側はこの事実を知ったからでしょうか、修験道、神仏分離、呪術、陰陽道類の禁止などを強要してきます。敗戦国である日本をコントロールしやすいようにといった理由も考えられるのですが、日本の呪殺を恐れたと考えると辻褄が合うようにも思えます。

実際のところ、ルーズベルトの死因ははっきりしない上にあまりに急死であったために、噂としてささやかれ続けているのは確かです。

最後に

個人的に呪いというのはあると思います。
宗教は違えどそういった認識が世界であるようで、多くの人が願ったの思い力が、ルーズベルト大統領の体調に影響したのかもしれません。

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