舞鶴市内のロシア病院

舞鶴市内の山奥にある通称「ロシア病院」、その真実は・・・・・・

京都府舞鶴市、旧帝国海軍の頃より鎮守府が置かれ、現在は海上自衛隊舞鶴地方総監部の御膝元、まさに海軍の街である。
そんな海軍にゆかりある土地柄ゆえの心霊スポットがある・・・それがロシア病院である。

それは噂によると、日露戦争で捕虜としたロシア兵の治療に当たった病院跡と呼ばれている。
多くの負傷したロシア兵がこの病院に運ばれ、その多くが故郷に帰ることなく異国の地で死んでいったという。
そして今もなお、その帰る宛ての無い魂たちが、夜な夜な彷徨っていると近隣では有名な心霊スポットであった。

筆者は当時、海上自衛官として舞鶴地方隊所属の艦艇乗組員であった。
日頃は海の上で、月月火水木金金の毎日。
たまに母港に帰った時くらいは、羽を伸ばして遊び回る・・・そんな生活を送っていた。
しかし娯楽の少ない田舎、やることと言えば飲みに行くくらいしかなかった。

そんな、ある日であった。
一人の舞鶴出身の若手隊員が、我々に誘いかけたのである。
「肝試しにいかないか」と・・・

私は、元々オカルトは大好きであったし、二つ返事でその話に乗った。他の者もおおむね面白そうだ・・・と乗り気であった。
そして我々は早速、その若手隊員が運転する車に乗り「ロシア病院」に向かったのである。

持ち物と言えば、懐中電灯数個とお守りという身軽な物であったが、途中で誰かが「お供え物を持って行こう」と言い出したのだ。
確かに我々としても祟りは怖い、そこで最寄りのコンビニでワンカップや線香などを購入したのだ。

やがて夜も十一時を回った頃、我々は目的地であるロシア病院に到着した。
場所については舞鶴のとある学校の裏手の森林の中であり、うっそうと茂る木々が月明かりを遮り、辺りは真っ暗な闇の中であった。
道中、若手隊員が病院にまつわる話をしたことが、さらに我々の気分を盛り上げていた。

懐中電灯の明かりだけを頼りに、我々は歩いた。
日頃、木々に覆われた地面は柔らかく、ぬかるんでいた。
森の中を約10分ほど歩くと、それは姿を現した。
荒廃した建物群である。

「ロシア病院」とは言うものの、ほとんどの建物は屋根もない壁だけの遺構であった。
密閉された建物を散策する必要がない・・・どこか拍子抜けしたところもあったが、ホッとしたところもあったのは事実である。
しかし、長年、誰も足を踏み入れていない腐土には注意が必要であった。
足が取られて、歩けなくなったのである。
そんな状況で、他の者に置いて行かれる・・・これは、かなりの恐怖であった。

以上、舞鶴市内に存在する心霊スポット「ロシア病院」のレポートである。
実際のところ、病院ではなく、旧帝国海軍の弾薬庫であったとの話もあるが、娯楽の少ない若狭方面で心霊スポットをお探しの方は訪れてみてはいかがだろうか。


元海自
元海自の男

※画像はイメージです。

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