Tさんは昨年、祖父であるYさんを亡くした。
「そのYじいちゃんが、亡くなる直前に気味の悪い話を僕にしましてね」
とTさんは述懐する。病室でYさんと二人きりになった時のことだ。

「突然『俺は地獄に落ちる』とつぶやいたんです。どういうことかと尋ねたら、苦しげに話を始めたんですよ……」
それは、Yさんが子どもの頃の話だったというから昭和のはじめ頃だろうか。
当時、Yさんは九州の農村で暮らしていた。

ある年の春、村の田畑が荒らされる被害が続発した。村の大人たちは、山に住む「猿」の仕業だろうと話していた。食べ物に困って人里を荒らしに来るのだろうと。
Yさんは、その猿を退治してやろうと考えた。その頃のYさんは背が低く、体も弱くて、同級生たちから馬鹿にされていた。だから、いつかみんなを見返してやりたいと常日頃から思っていたのだ。
Yさんは、大人たちの話をあれこれ盗み聞きして回った。そして、里の裏山の廃屋に猿が隠れているらしいとの情報を掴んだ。

夜更けに一人で家を抜け出し、木のバットを握りしめて、廃屋へ向かった。街灯もない田舎村で、月が雲に隠れてしまうと辺りは完全な闇になった。
闇夜に目をこらし、Yさんは廃屋を窓から覗き見た。
室内に、毛むくじゃらの生き物が身をひそめているのを発見した。猿に違いないと確信した。

Yさんは、そっと中に入り、猿にじりじりと近付き、脳天にバットを振り下ろした。
「ギャァーーー!」
おぞましい悲鳴が聞こえ、猿が床に倒れた。

Yさんは無我夢中で、さらに一発、もう一発とバットで猿を殴打した。猿はすぐに動かなくなった。
その時、雲の隙間から月明かりが差し込み、猿の顔を照らした。
Yさんは息が止まるほど驚いた。

その顔は、人間の顔だった。
毛むくじゃらで、顔中が真っ黒だが、恐怖に見開かれた目はまぎれもなく人間のものだった。
Yさんはパニックになった。転がるように廃屋を飛び出して自宅に戻り、布団の中で一人震えていた。
翌日から、田畑の被害はなくなった。だが、猿が駆除されたという話も、誰か人間が死んだという話も、町からは一切聞こえて来なかった。
そして、あの廃屋は、いつの間にか取り壊されていたという。

「じいちゃん、うめくように言ったんです。『俺は人殺しかも知れない。ずっとそれを隠して生きて来た。ずっと辛かった』って」
Tさんはそう回想する。臨終間際のYさんはだいぶ痴呆も進んでいたらしく、この話の真偽の程はわからないという。

「じいちゃんの死に顔、ひどかったんですよ。すごく苦しそうで。生前はあんなに陽気で笑顔が似合う人だったのに」
Tさんは悲しげにそう言って、溜息をついた。

ペンネーム:月の砂漠
怖い話公募コンペ参加作品です。もしよければ、評価や感想をお願いします。

※画像はイメージです。

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