山手線 鶯谷駅の南口を出て、根岸方面へ進んでいくと、いくつもの寺院が並ぶ下町の住宅地にたどり着く。
この一角に、現在は「台東区立 防災広場 根岸の里」として整備された公園がある。だが、この地にはかつて「下谷病院」という地域に親しまれた病院が存在していた。
長く地域医療を担っていた総合病院だが、老朽化と経営難から2000年代に入り廃院となり姿を消した。
そして跡地は再開発されることなく、公園として整備された。
東京の一等地、それもマンション開発が容易に思いつくような場所が、なぜ「公園」として残されたのか。
防災機能を備えた広場として説明され、旧い木造住宅も残る住宅密集地でもあるので納得のいくのだが、それだけではない「何か」があるような気がしてならない。
下谷病院の跡地
この病院は周囲を寺院に囲まれていた立地のためか、「幽霊が出る」という噂が絶えなかった。
私自身、幼い頃に訪れた際の記憶が今でも鮮明に残っていて、石造りの冷たい壁と重苦しい空気、昼間であっても院内は妙に暗くて、本当に怖かった。
元は根岸病院という精神病院で、戦時中に落ちが焼夷弾が入院患者に当って焼け死んだ、三河島鉄道事故の時に患者が運び込まれた等、他にも事件があったようでお世辞にも良い病院とは言えない。
これらの多くは老人たちから聞いた事ばかりで事実無根の噂話だろう。しかし、特有の「重さ」を説明するには十分な材料だった。
なぜ公園へ
下谷病院は静かにその役目を終え、姿を消した。しかし、問題はその「後」である。
なぜ、公園なのか。なぜ、再開発ではなかったのか。
生と死が交錯する病院という空間、産科も備えていた下谷病院では、人が生まれ、亡くなり、多くの人生が交差した場所。その跡地を、あえて静かで開かれた空間にするということ。
もちろん、防災拠点としての整備という建前はある。だが、私にはそれ以上の意味がどうしても浮かんでくる。
これは「鎮魂」ではないのか?
今この防災公園を歩いていると、木々のざわめきや子どもたちの声に包まれ、安らぎを感じるが、この地が「何か」を抱えたまま、静かに横たわっていることを、きっと感じ取ってしまっているのかもしれない。
※画像はイメージです。


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