五十万を数えたナポレオンの軍隊、ロシアの大地でいかに戦いそして敗れたのか、その瓦解の詳細と原因とは何か、を豊富な資料によって検証する一冊。
フランス革命後に台頭し、ついには皇帝を名乗るまでになり、その軍事的才能によってヨーロッパを席巻した男、ナポレオン。
彼の華々しい戦歴については日本においても良く知られるところですが、一方、数少ないながらも致命的な敗北となったいくつかの戦いにおいては、そのイメージの悪さ故か、あまり積極的に語られることがないような気がします。
本書「1812年の雪―モスクワからの敗走」は、ヨーロッパで無敵とうたわれた彼の軍隊が物理的に消滅寸前間際と言えるほどの惨敗を喫した対ロシア戦役の一部始終を読みやすく、かつ豊富な資料を基に記したものです。
文庫サイズでコンパクトながら内容は非常に優れていて、ロシアとの死闘が一般的なイメージとはかなり違ったものだったことが分かります。
まず、この戦いは周囲から相当難色を示されていて、皇帝自身が無理やりまとめて出陣したこと、また、まだ食料が尽きていない往路の段階でおびただしい数の落伍者が出てしまい、モスクワまで焦土化されてからはまったく手の打ちようもなかったこと、一方のロシア側も嬉々として焦土作戦に臨んだわけではなく、現場の将軍は相当きつい突き上げを食らっていたことなどが克明に記されています。
しかし、何と言っても本書の最大のポイントは、退却戦におけるフランス軍の地獄のような状況を余すところなく、しかも淡々と記しているところにあります。
落ち着いた筆致でなければ読むのを断念してしまいそうな苦戦に次ぐ苦戦、そして本来は単なる象徴的存在としての意味が強かった最精鋭部隊、近衛軍の奮闘と壊滅の経緯の鮮烈さは、このサイズの書籍ではなかなか味わえるものではないレベルであり、刊行からかなり年数が経っていることを差し引いても、読むべき名著の一つとして挙げることができるでしょう。
いずれにせよ、この戦役における近衛軍を始めとする五十万将兵の「消滅」の凄まじさからすれば、後の戦いでナポレオンが今までとはうって変わって敗北者になったことも頷けるところです。
なかなか日本では見ない分野の本ですが、非常にオススメできる一冊だと言えるでしょう。
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