ソラモリを読んだ

伊吹守人、18歳。
将来を模索している高校三年生ですが、彼が目指しているのは、航空自衛隊の戦闘機パイロットです。
40倍という狭き門を潜り抜けて足を踏み入れた世界は、想像を超える厳しいところでした。
そんな航空学生の日常を、村上もとか氏原作、そのお弟子さんでもある千葉きよかず氏の作画という贅沢な組み合わせで読める嬉しい作品です。

航空学生を目指すということ

航空自衛隊でパイロットになるには、いくつかのコースがあります。
高校から航空学生として入隊するか、防衛大または一般大学を経てそのコースに乗るか…。
主人公の守人は、母親の「大学に行ってからでも遅くないのでは?」という反対を押し切って高卒の航空学生を受験しました。
彼の素質には運命的なものがあったのです。
祖父の練造はこの時94歳。
先の大戦末期に海軍航空隊で特攻隊に所属していた、その生き残りでした。
視力をきちんと保っていたこと、実技試験でのフライトで注意するべきことなどのアドバイスを受けた守人はその試験を通じ、祖父の生きてきた世界を垣間見ていました。

祖父・伊吹練造“少尉”

守人は、父・憲人が学校の教師、母も元英語教師という家庭で、妹と5人で暮らしていました。
祖父・練造は航空自衛隊を空将補まで勤め上げたとは思えない好々爺で、今はのんびりと隠居の身を楽しんでいる風情です。
彼は昭和20年の終戦間近の頃に学徒動員によって召集され、練習機“白菊”を駆って特攻を仕掛ける作戦に従事していましたが、機体の不具合によって奇跡的に命を長らえることになりました。
復員して教職に就いたものの、昭和29年に航空自衛隊が創設されたことから空の道に戻り、再び操縦士になったのです。
練造の存在は物語の一つの軸であり、守人たちが引き継いでいくべき大切なことを、折に触れて沢山伝えてくれるのです。

航空学生としての生活

高校を卒業してむかった山口県の防府北基地で、守人は自衛官としての任官を迎えます。
同期生は60名。
それぞれに志望動機や事情を抱えてここに集っていました。
そのうち、女子学生は5人。
意気軒昂な彼女らに初っ端から牽制されるなど、守人は前途多難なスタートを切りました。
服装、毛布の畳み方、敬礼の指先の角度まで事細かくチェックが入る日々が始まると、「考える」隙もありません。
実際に空を飛ぶまでの二年間を、守人たちはぎっしりと組み込まれたカリキュラムを消化して過ごすのです。
彼らは学生であっても、その身分は特別職国家公務員。
過酷さと理不尽にため息をつきながらも、目的に向かって邁進していきました。

仲間たち

守人が同室になった笠井は不愛想で不器用な質でしたが、熊本自身で両親を失い、彼と共に残された祖父母に楽させてやりたくて、という心根の優しい青年でした。
ガッツのある女子学生・矢作凛は反発ばかりでしたが、次第に守人らと打ち解けて戦友のようになっていったのです。
彼女が目指していたのは守人と同じ戦闘機のパイロット。
亡き父が元アグレッサー(飛行教導隊)のトップファイターだったのです。
切磋琢磨する日々の中で、彼らは次第にその為人を認め、互いの努力を認め、目的に向かって邁進していきました。

空を飛ぶ

最初の夏休みの終わりに5名が。
そしてぽろぽろと櫛の歯が抜けるようにエリミネートが進んだものの、守人の周囲の仲間たちは無事過酷な二年を経て防府の航空学生課程を卒業しました。
夢に見るほどに憧れた空を飛ぶ日々に辿り着いたのです。
しかし、優秀だったはずの矢作はたびたびエアシック(空酔い)に悩まされ、自信を失ってしまいました。
そんな時にも、彼らは互いのアドバイスで乗り切るなど、その成長ぶりには目覚ましいものがあったのです。

ガラスの天井

矢作が常々言っていたのは「私は空自最初の女性戦闘機パイロットになる」ということ。
しかし、2018年8月に防衛大学校出身の松島美紗二等空尉が航空自衛隊初のF-15女性パイロットになった、というニュースが流れました。
守人たちはみな矢作を気遣いましたが、彼女は、女性が戦闘機に乗れなかったガラスの天井がついに破れたのだ!と涙を流して喜んだのです。
そして、折れない矢作の心は次の目標を見つけていました。
「最強の、女トップガンになるのは私だ!」

ジェット機へ

レシプロのT-7を卒業し、守人たちはT-4の課程へと進みました。
日々の勉強と訓練は過酷さを増していく中で、守人の同期の女子・田代真希が技量免(クビ)になった、という知らせが舞い込みました。
彼女は優秀な学生でしたが、小柄なことでハンデもあり、とうとう空の道を諦めざるを得なくなった、というのです。
こうしたケースでは、空自を去る者も多い中で、彼女は改めて救急隊の運転手を目指してみようという目標を見つけていました。
ウィングマークを手にするまで、どんなタイミングであっても“免”の可能性はあるのだということを噛みしめて、守人たちは日々の訓練をこなしていました。

大人たちの姿

守人たちの周囲の大人たちは、いろいろな立場と感情で彼らを見守っています。
父の憲人は、自分の父親が自衛官だったことに対して抱いていた複雑な気持ちを思い返していました。
元・英語教師だった母の紀子は、基本的に守人が自衛官になることを反対していましたが。
彼の頑張りを見て、スパルタ特講を施し、唯一の弱点だった英語力向上に貢献しました。
守人らの教官たちは緩急取り混ぜて彼らを導いてます。
パイロットとしての操縦技能のみならず、自衛官としての心得、そして自衛隊という組織が経てきた歴史、そのマインドを、それぞれの世代、そして立場から折に触れて語ってきました。
日常から隔絶された空の上で見たもの、長い時間に到達した境地などに触れ、守人らは次第に自衛官としての自覚を深めて自分の足で立つようになっていくのです。

ウィングマーク

カリキュラムが進むにつれて、毎回のフライトで下される判定に一喜一憂する日々を過ごす守人たち。
やがて、ウィングマークを取得し、晴れて一人前のパイロットとなり、戦闘機を希望していた守人、笠井、そして矢作は宮崎県の新田原基地でより専門的な訓練を受けることに。
この時点で入隊当時60名いた同期の航空学生の中で、パイロットとして飛ぶことができたのは10名ほどに絞り込まれ、戦闘機はさらに狭き門でした。
そんな憧れの翼・F-15にようやく手が届いたのです。
当初は複座で、半年ほどの訓練を経て単座へと移行していくその訓練はトータルで10カ月に及びます。
人生の全てを注ぎ込み、ようやく戦闘機乗りとして認められた守人。
タックネーム“ソラモリ”は、今、日本を守るべく、沖縄の空を飛んでいます___。

見どころ

ひと言で言うと「時代が変わったなぁ」という感じ。
リアルなドキュメンタリーでも、ここまで詳細な航空学生の生態については描かれたことは無かったのでは…?!
しかも“村上もとか”というビッグネーム!
あまりに結び付かなさすぎて、書店で表紙を二度見しました。
村上さんといえば、「龍-RON-」や「仁-JIN-」といった壮大な歴史ドラマか、またはもっと古い「六三四の剣」とか、まったく自衛隊とは結び付かないイメージのものばかりだったのですが。
そんな彼だからこそ、意外性のある視点を織り交ぜて描く守人らの数年間は大きく膨らみ、その描写にリアルさを加えているのだと思いました。

おじいちゃんのこと

守人の祖父・練造さんは過去に自分だけが生き延びてしまったという“特攻”の経験を抱えていました。
そして戦後に彼らがどう見られていたか、も。
今日一日を生きられるかわからない戦争から、イデオロギーがひっくり返った世の中に放り出された二十歳そこそこの若者が生き抜いた昭和の時代を、彼自身が守人に話して聞かせるシーンは重みがありました。
守人が、おじいちゃんをリスペクトしてきた様子は二人が交わす言葉の様子と、思い出の中のシーンでしっかりと伝わってきましたが。
練造さんの人生丸ごとが太い柱となって守人を支え、そして次の時代へと力強くその背中を押しているようにも感じました。
旧軍の経験を持ち、空自の黎明期を支えてきた人の言葉はフィクションとはいえずしりと胸に響きます。

女性パイロットの存在

2018年に、航空自衛隊初の戦闘機パイロットが誕生しました。
新田原基地所属の松島美紗二等空尉です。
彼女を実名で登場させたことで、より一層、守人や矢作らの日々がリアルさを増していったシーンがありました。
1993年に女子学生が採用されるようになり、少しずつその職種の制限が緩和され、とうとうすべての制限が撤廃されてきたことを思うと、最初の一人というのはまさにファースト・ペンギンなのだな、と感じました。
自身の仕事ぶりが、後に続く者たちの人生をも左右してしまう、というプレッシャーがある中で、彼女らは自ら男性以上の努力を重ね、夢をかなえてきたのです。
本作のメインキャラの矢作凛は、優秀なパイロットだった父の遺志を継ぐように学んでいます。
当初は守人らへの風当たりも強かったのですが、次第に成長し、周囲との距離の取り方も巧くなったのか、良き同志として切磋琢磨するようになりました。
こうなってくると、実際は、性別は殆ど関係ない世界なのかもしれません。
それぞれの資質が正しく評価され、認められるのであれば、確かに矢作が言ったように「ガラスの天井は破られた」のです。

綿密な取材

この作品を見て、素晴らしいなと思ったところの一つが綿密な取材です。
守人らは防府北基地から始まった自衛官生活の中で、数年の間に各地を転々とします。
その風景の描写に加えて、基地の中、その宿舎で過ごす時間の端々に、現場を知らなければ描けない部分が多々ありました。
例えば、棒の先に飛行機の模型が付いたものや、操縦桿にキャノピーや計器類が付いた手作り感あふれる教材を使ってのイメトレは実際に行われており、意外にアナログな方法で“自主トレ”が行われているのだということも伝わってきます。
また、作画の千葉きよかず氏はもともと村上氏のアシスタントからこの世界に入った人であり、以前、鳴海章さん原作の「レディイーグル」という作品で航空自衛隊を描いていました。
今回はそのサスペンスフルな作品に比べると、ある意味淡々とした航空学生の日々を丹念に描いていますが、だからこそ、航空機の描写や自衛官の所作、制服や髪型にウソがあったら物語に入り込めない___そんな部分が、無いのです。
一つ残念な例を出すと___防衛大学を題材にした「あおざくら」が実写ドラマ化された時に、本家の防衛省広報が一切かかわっておらず、制服の形や髪型が全く本来のそれと異なり、見ている側に違和感を残す“なんちゃって”で終わってしまったのです。
せっかくのテーマが、なんと勿体無い!と思わずにいられない結果でした。
本作では、まず守人が入隊する前と、入隊時の髪型から変化します。
そして、次第にその立ち姿、背中から腰のライン、歩き方が自衛官のそれになっていくのです。
確かな画力があると、その描写が可能になるということを実感しました。
そんな姿こそが、彼らの背中に背負っているものへのリスペクトであり、期待や職責に応える彼らの矜持だと思うのです。

まとめ

有川浩さんの小説「空飛ぶ広報室」がドラマ化された時に、柴田恭兵さん演じる広報室長・鷺坂が「最初から職業意識が高い奴はいない。“場”が、人間を育てるんだ」というようなことを話していました。
守人たちは放り込まれた教育の場で、まず考える余地のないぎゅうぎゅうに詰め込まれたカリキュラムの中で翻弄されます。
身体に叩き込まれていく様々なことが自然にできるようになったとき、彼らは職業というよりも「自衛官という生き方」を得ていくのです。
本作の中で見せた守人と仲間の成長ぶりは、まさにその“場”に放り込まれた者だけが体感していくものでした。

世界情勢は常に動き、日本とその周辺国の関係性は、実は常に予断を許さない状況にあります。
守人が飛ぶのはその最前線の沖縄の空です。
どうか、彼らが定年を迎えるその日まで、日本が“平和”であり続けますように。
そして彼らが無事でありますように。

一つの、レアな分野での青春譚です。
主人公がパイロットになれる、その結末は出来レースかもしれません。
それでも、彼らがそこに至るまでにした努力と、その結果の成長ぶりは胸を熱くするものがあります。
今も防府北基地で、浜松基地で、新田原基地や松島基地で、まさにこの日々を生きている若者たちがいるのだということ、どうか、知ってください。
他の誰にもできない形で、彼らは日本を守っているのです。

(C) ソラモリ 千葉きよかず 村上もとか 集英社

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