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博士達の異常な愛情~如何に人々はストレンジな妄執を抱き続けるか

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『2001年宇宙の旅』(1968)や『シャイニング』(1980)などで知られる映画監督のスタンリー・キューブリックが1999年に亡くなってから、今年で25年となる。ハリウッドの王道と異端性を股にかけた作風は、現在もなお色褪せることなく、ある種のポピュラリティーを獲得して安定した支持と評価を得ている。

そんなフィルモグラフィーにあって、『博士の異常な愛情』(1964)はいささか地味で、コメディ映画としても時代がかった映画ではある。第三次世界大戦が勃発する危機と人類滅亡にいたるストーリー、支離滅裂なキャラクターたちが右往左往するなか、ペンタゴンの地下指令室、アメリカ空軍基地、B-52爆撃機の周辺のみで映画は展開していく。

映画の冒頭、スターリング・ヘイドンが演じるリッパー将軍は飛行中のB-52爆撃機のすべてに、ソビエトへの全面核攻撃を命じる。妄執に憑りつかれたリッパーの独断で下される指令だが、動機のひとつが「アメリカ国内の水道水にはフッ素添加物が混じっているが、これはアメリカ人の生殖機能を低下させるべく、ソビエトが仕組んだ謀略である」というものであった。

わたしは何度か『博士の異常な愛情』を観ているが、この動機について最近になるまで特に気にかけていなかった。この類の陰謀論、じつは現在もなお形を変え、現実に生き延びているのだ。

目次

フッ素添加物=共産主義者の陰謀

遡ること1947年。冷戦体制を背景としたマッカーシズム、いわゆる「赤狩り」の嵐がアメリカ国内で吹き荒れた。赤狩りは政界から放送業界にまで波及。共産主義思想に関心のない映画演出家や脚本家が巻き添えをくらい、失職や亡命におよんだケースは少なくない。

『博士の異常な愛情』でリッパーを全面核攻撃へと駆り立てた陰謀論―「アメリカ国内の水道水にはフッ素添加物が混じっているが、これはアメリカ人の生殖機能を低下させるべく、ソビエトが仕組んだ謀略である」うんぬんは、この頃から現実のアメリカ社会に出現。政界から都市計画まで左右する。

フッ素のなにが問題視されたのか?「理由」は幾つも存在するが、代表的なものでは、こんなものがある。

「原子爆弾の製造過程にはフッ素が使用されており、それを含んだ水道水を飲み続けると知力・体力・生殖機能が低下する」。こう本気で考えた人々が、一定以上の数で存在した。未だ第二次大戦の勃発から原爆投下~終戦にいたるまでの緊張の記憶は色濃かった。ナチスドイツやパールハーバーなど、陰謀論的想像力を育む土壌は数えきれないほどアメリカ社会には存在したのだろう。そうした緊張感が共産圏に投影されるようにスライドしたのかもしれないが、ここまで来ると政治学の領域に足を突っ込むことになり、現時点での筆者が検証するには色々と力不足である。

『博士の異常な愛情』とフッ素化合物の関係については、例によってウィキペディア英語版の「Water fluoridation controversy」―ザックリと日本語に訳すれば「フッ素添加物論争」で詳細に記述されている。ウィキペディアであるから、どこまで記事の内容は正確なのか…。陰謀論を分析していくのは何かと厄介なのだが、時と場所が変わって1960年代、似たような話がベトナム戦争下の戦場で語られる。ただし、今度の謀略はアメリカ軍によるものだ。

BCGワクチン

「BCG」=「Birth」「Control」「Government」

結核を予防する目的から、乳児にBCGワクチンを接種する習慣が日本国内にはある。接種した跡がそれらしく見えることから、「ハンコ注射」とも呼ばれる。
BCG。正式名称はフランス語「Bacille Calmette-Guerin」(カルメットとゲランの菌)を意味する。…のだが、ベトナム戦争当時の南ベトナムでは、感染症予防対策のためにアメリカ軍が実施したBCGワクチン接種が「出生率を下げるために実施される、アメリカ政府の陰謀である」と、まことしやかに囁かれたという。BCGとは「Birth」(出生)「 Control」(制御・管理・支配)「Government」(政府)の略称である…。

ビートルズの楽曲『Lucy in The Sky with diamonds』(1967)が「頭文字を読むとLSDという意味になる」と、こじつけられたエピソードというかネタを思い出せさる。ビートルズの「LSD」との違いといえば、「BCG」はアメリカ政府がベトナム人の滅亡を目論んでいると本気で信じられ、恐れられた点だ。

いったい、何処の誰が思い付き、ひろく信じ込まれるに至ったのか。それは分からないにせよ、『博士の異常な愛情』が公開された1964年、アメリカはベトナムへの介入を深めていた。映画の劇中でも、政府関係者のひとりはベトナムへの出張のため緊急会議を欠席している。リッパーとおなじ想像力の人物が、敵対する相手をソビエトではなくアメリカに移し替えて現実に幻視していたのだった。

反ワクチンの起源

マッカーシズムの吹き荒れるアメリカ国内のフッ素添加物から、ベトナム戦争下のBCGワクチンへ。現在でも、国内外でワクチン接種になんらかの陰謀論的想像力を掻き立てる人物は多く、政治問題化している。イデオロギーや時代、対象が移り変わってもなお、姿を変えて生き延びるストーリーである。

怪談と決定的に異なるのは、オカルティズムが介在せず、もっぱら国際政治や政策といった現実社会に違和感なく溶け込んでしまいやすい点だろう。UFO(Unidentifid Flying Object未確認飛行物体)といった荒唐無稽さが絡むならまだしも、「Birth・Control・Government」めいた陰謀論は近年、完成度の高いものが徐々に伸長、増殖している気配はある。

怪談話を訊ねたつもりが延々とラジオ趣味の話を聞かされる体験も、怪談収集の一環なのです。

※画像はイメージです。

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