幽霊やUFOなど存在しない。
神も仏も信じない。
心霊番組はくだらない。
私の父は、まさにそういったタイプの人でした。
オカルトを否定する父
生前の父は、オカルトという言葉が出ただけで鼻で笑う人間でした。
幽霊、霊感、UFO、超常現象、どれも一括りにして「馬鹿馬鹿しい」の一言で切り捨てる。
典型的なオカルト否定者であり、自分は理性的で現実主義だと信じて疑わない人物。
思想としてそれ自体を否定する気はないし、信じない自由はあります。
ですが問題は、その態度と実体験がまったく噛み合っていなかったと思われる事なのです。
否定していたの体験した「虫の知らせ」
父の兄の妻が事故にあって、生死の境を彷徨った末に亡くなりました。
その時刻とほぼ同じ頃、父の枕元に彼女が現れ、何かを伝えた。
夢だったのか、幻覚だったのかは全く解りませんが、その直後、訃報の電話が入ったというのです。
いわゆる「虫の知らせ」と呼ばれる類の出来事。
この話は、父が亡くなってから十年以上経って母から聞きましたが、生前、父自身の口から語られたことは一度もありませんでした。
でも母が言うには、父はこの出来事自体を否定してはいなかったようです。
体験は一度きりではなかった
さらに調べていくと、話はそれだけではありません。
親族や知人の死にまつわる不可解な予感、正体不明の存在を見たという出来事等など。
総合すると、父は決して何も体験していない訳ではなく。
むしろ逆で、人並み以上に不可解な出来事に遭遇しているにもかかわらず、父は生涯にわたってオカルトを否定し続けました。
信じないのではなく、拒絶していたと言った方が正確です。
なぜ、そこまで拒絶したのか
本人はもういないので理由は分からない、でも。生前に聞き出せるような性格でもありません。
短気で直情型、しかも頑固。
この手の話題を振れば、面倒臭そうに話を切り上げるか、怒鳴って終わりだっただでしょう。
だが一つだけ推測できることは、理解不能な体験を受け入れられなかった可能性。
自分の世界観が壊れる。合理主義が崩れる。
説明できないものが現実に割り込んでくる。
そうした事態に対する、最も安易で確実な防衛策は何かといえば、全面否定。
信じなければ、考えなくて済む。
拒絶すれば、恐怖と向き合わずに済む。
父はその方法を選んだのではないでしょうか?
父に言いたい
数年前、墓参りに行った際、母に頼まれて撮った写真に、父が写っているように見えるものがあった。
写真のノイズ、光の反射、錯覚。
そう言われればそれまでだし、合理的な説明はいくらでも成り立ちます。
それでも気にかかるのは、父が生前から妙な話を抱え込んでいたことを、後になって次々と知った事です。
母に、なぜあれほどオカルトを拒絶していたのかと聞いてみたことがあり、父は奇妙な話をまったくしていなかったわけではなく、むしろ、自分にはぽつぽつと話していたというのです。
だから「拒絶していた」というほどでもなかったのではないかと。
それを聞いて腑に落ちました。
父はオカルトを否定していたのではなく、子供の前では否定者でいようとしていただけなのかもしれません。
厳格な父親、理屈の通った大人、ぶれない存在、そういう役割を自分に課していただけ。
もしかすると、死んだことで、その役割から解放され、今さら主張するように妙な形で存在感を残しているのだとしたら、それは超常現象というより、実に人間臭い後始末の悪さでしょうか。
父は特別な存在ではなく、何かを悟った人物でも、選ばれた人間でもない。
理解不能な出来事を前にしても否定という態度で自分を作っていた、ごく普通で、不器用な人間だっただけだのです。
まったく⋯⋯父よ、少しくらい素直になってもよかったのに。
※画像はイメージです。


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