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謎多きシュメール人をオカルト方向で考察

「シュメール人」とは、紀元前3500年頃に高度な都市文明を築いた、謎の多い民族。
世界史に登場する「四大文明」の一つである、メソポタミア文明。その初期に現れた人々。

彼らの築いた文明は、当時の周辺の文明に対して、あまりにも画期的であったと言われて、シュメール人の起源についてはオカルトめいた様々な説があります。
興味深いシュメール人について考察していきます。

目次

シュメール人の起源

シュメール人は、現在のイラク、クウェートの付近。紀元前にバビロニアに現れた民族。

彼等が高度な都市文明を築いたのが紀元前3500年頃、その後、紀元前2000年頃には、忽然とその姿を消してしまいました。
消えてしまった理由は分からず、数多くの神話を残し、謎多き民族なのです。

シュメール人の起源について、学説によるとメソポタミアの原住民ではないとされています。
紀元前3500年頃、どこかからバビロニアに移動してきたようで、原住地がどこなのかが分からないのです。

シュメール人のつかっていた、シュメール語と呼ばれる言語にも謎があります。
シュメール語圏は、エラム、セム等の言語が使われていたのですが、シュメール語の系統関係がまったく分からないのです。
そして、世界中のどこにも、シュメール語と似たものはないと言われています。

言語の系統からして、シュメールの民がどこから現れたのかのヒントにならず、未だに解明することができないのです。

シュメール人とは?

シュメール人とは、宗教、学問、医療などの文化や技術において、飛躍的な発展を遂げて高度な都市国家を形成した民族です。

その容姿は特徴的で、特に目が強烈でした。遺跡で発掘された男子像は、思わず二度見したくなるような目をしています。
そして、彫の深い顔立ち、巻き毛、豊かな髭といった特徴があったようで、これらはセム系民族に近いとされています。

シュメール人は、神殿を中心とした都市国家を形成しました。
信仰の対象は自然界の神々。シュメール人の社会では、神秘的な思想が浸透していたと考えられています。

シュメール人の文明

どれほど優れた文明だったのか、改めて調べてみます。
とくに数学の面が発達しており、60進法が使われていたました。60進法とは「60」を基本単位とした計数法であり、今でも活用されています。
シュメール文明では、天文学や農業の効率化を目的として数学が発達し、非常に高度な数学理論が打ち立てられました。

幾何学、図形の面積、円周率なども、シュメール文明の中で早くも確立されていました。なんとも凄まじいことです。
この数学理論の中で最小公倍数の概念もつくり上げられる程。そのなか、粘土板から195兆9552億という謎の数字が発見されています。

この数字の意味は、太陽系の天体の全て公転周期で割り切れる数字であり、太陽系の惑星の公転周期も理解していたと言われています。
肉眼では見えないはずの天王星、海王星、冥王星の存在をしっていたとさえも。

日本人シュメール起源説

シュメール人には、日本人の起源になったという説があり、その根拠は言語にあります。

シュメール語と日本語の共通点は「膠着語」であるということです。膠着語は、単語に「を、に、が」などをくっつけてゆく言葉です。
シュメール人がいた周辺地域には、他に膠着語を話す人々がいませんでした。しかし、バビロニアから遠く離れた日本では膠着語が使われているのです。

シュメール語は、日本語のように母音も子音も表記します。漢字と仮名が混じった構造をした言語です。
不思議なほど、二つの言語は似ているのです。

天皇についての古語が、全てシュメール語で解釈できるという奇妙な現実も忘れてはなりません。
日本の古語で、天皇を「スメ」「スメラ」とい言います。これは、古代バビロニアの「スメル」としています。「スメル」は「シュメール」とも発音されていたといいます。
ちなみに、「スメ」は「神」の意です。
 
ヤマトタケルのミコトの「ミコト」や、天皇を表す「ミカド」は、シュメール語の「ミグト」が変化したものだと思われます。「ミグト」は「天降る開拓者」という意味です。
これらのことから、古代日本に天皇を頂点として現れた民族が、シュメール人であるという考えがあるのです。

シュメール人と結び付けるもの

他にも、天皇家とシュメール人を結び付けるものはあります。
 
十六八重菊花紋「菊の御紋」は日本の天皇や皇室を表しますが、シュメールの遺跡から出土した粘土板には、同じ菊の御紋が刻まれ、シュメール王朝が使っていた紋章のようです。
シュメール王朝と日本の皇室の紋が同じであるのは、はたして偶然なのでしょうか?

三種の神器とほぼ同じものがシュメールにもあるのです。

日本では、草薙の剣、八咫鏡、八尺瓊勾玉の三つになりますが、シュメールでは武神のシンボルの剣、日像鏡、月像の首飾りといったものが三種の神器。
どうでしょう。ほとんど同じではないでしょうか。
 
さらに類似性のあるのは、日本の神話には「ヤマタノオロチ」を退治し草薙の剣を得たのですが、シュメールの神話にも同様に「七つの首を持つ龍」を退治し、剣を得たという話があります。
もしかすると、日本の三種の神器とシュメールの物は同じで、そもそもシュメールの神から授かったものという見方もできます。

そればかりではなく、日本神話にある「天孫降臨」とほとんど同じ神話が、シュメールにもあるのです。
日本では、天の神々が日本列島を作り、降り立って建国したとされています。
シュメールも同じように、ニビル星からやってきたアヌンナキが人類を作って文明を作ったとしています。

空から降りてきた人々が国を作ったと言うストーリーが同じなのは、全く奇妙なことです。

シュメール人はどこからきて?どこへいったのか?

紀元前2000年、シュメール人は忽然と姿を消します。
どうしてなくなったのか、どこに行ったのか、全く分かっていないのです。
あれほど高度な文明を持つ都市国家を作ったシュメール人が、なぜ突然姿を消したのか、未だに謎に包まれています。

シュメールの残した粘土板には、太陽の周りには11個の惑星が記されていて、その中の一つに惑星ニビル呼ばれる惑星があります。その惑星から「アヌンナキ」という、神のような存在がやってきて、金採掘やその他資源確保の労働力として30万年前頃に人間を創ったと言われています。

だとすると、シュメール人が突然消えたのは、「アヌンナキ」が初期の目的を達成したために地球を去り、
そもそも「アヌンナキ」によって作られた人々であった為、その加護が得られなくなったので自然と全滅していったのではないしょうか?

しかしその一方で、日本の皇室と奇妙な共通点が見られるのも興味深い事です。
もしかしたら、シュメール人は日本の起源でもあるのかもしれません。

最後に

もし仮にシュメール人が異星人で、今でもどこかで人類を操作しているとしたら、なんだか不気味な気がしてきます。
否、地球上ではなく、宇宙の中であったとしても、アヌンナキのようなものが存在しているならば、なんだか怖いです。
 
アヌンナキは、我々人類など、掌で軽く転がしてしまうことでしょう。
アヌンナキにとって、紀元前に生み出した人類を遠い時間が過ぎた今の時代に、何らかの目的で滅亡させることは決して不可能ではないのです。

※画像はイメージです。
featured image:ルーヴル美術館, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由

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コメント一覧 (1件)

  •  一方、日本には4~10万年前の遺跡が見つかっていることより、既に人が住んでいました。しかも、氷河期による海退 (-150mとも言われる) で、グアムまでほぼ地続きかつ太平洋を島伝いに北南米大陸まで到達でき、太平洋沿岸に縄文人の痕跡が多数あるのは、ご存じのことでしょう。
     紀元前5200年頃、九州の南西で大大大噴火があり (参考: https://www.gentosha.jp/article/16240/) 、 縄文の民は命からがら対岸の中韓国さらに西方へ移住して行ったことでしょう。移住の範囲はペルシャ湾 (やアフリカ東岸) まで達していたとも考えられ、その移住した縄文人たちがシュメール (皇) 文明を作ったとの案を私は支持しますが、いかがでしょうか?

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