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悲しくゾッとする昔語りの「ほんとうの話」

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私が通っていたI県の高校には郷土民族学を研究し、休日は昔話や民話を聞き集めている先生がいた。

目次

郷土民族学研究をしていた先生を記憶している理由 

痩身に小さな痩せた顔、いつも黒系スーツを身につけた倫理社会担当教師はT先生と云った。

倫理社会は、地理や歴史に比べれば、授業時間は格段に少ない。なのに何故、T先生を記憶しているのかと云われれば、一般的な教師像からかけ離れた存在だったからだろう。

まず、昔話を集めにY市を含めた周辺の地方をあちこち聞いて回っているという研究者のスタイルから違う。
ライフワークを持つ先生をカッコいいなと思った。
目標を持って活動する大人は、高校世には憧れの存在である、バレンタインデ-には先生の机に何箱ものチョコレートが乗る。

しかし、T先生は気軽に人を寄せつけない面もあっように思えた。
生徒が馴れ馴れしい態度や口調で接する事が拒絶する雰囲気を持ち、時折、厳しく冷めた目つきで生徒達を見ていた気がする。

小春日和の午後の授業は眠くなる。
先生の声は聞き取り難くはないが、心地良い日光がいつの間にか頭をグラグラさせてしまう。
生徒の気が授業に向かない時、先生は突然、昔語りを訊ねたときの話を始めたりする。

「昔語りをしてくれるお年寄りの家を訊ね、やぶを越えて歩き回る。ようやく辿り着けても家に入れてくれず、話も聞けない。3回目でようやく話が聞けた」などと、しみじみ語る。すると不思議なもので、大抵の生徒は目がパッチリしてしまう。
先生の実体験は、とても新鮮で面白く感じ、皆、真剣に聞き入ったものだ。

先生が訊ねたとある昔語り

私達がその話を聞いたのは、高校3年の冬だったと思う。
45年以上も前の出来事なので、所々定かでない部分はあるのだが・・・、その話は、ある昔語りの家を尋ね、話を聴きに行った時の出来事だった。

雪は残っているが春先の暖かい日和、立派な茅葺き家の囲炉裏端で、昔語りの家の主は待っていた。
重たい火鉢が用意され、主は更に囲炉裏の火を起こそうとする。

背広の中にカイロを仕込んだ先生は、「わざわざ、火を起こされなくても凌げます」
と、遠慮したそうだ。

「いや、お客さんだけぇ、遠慮しねで。子供らも喜ぶから」と、言う。
「わかりました。ありがとうございます」と、先生は礼を返した。

主から昔語りを聞き、メモに納める。
長い語りの間、主の云った子供らは、姿を見せなかった。

帰り際、「お子さんらに会えなくて残念です」と、先生は社交辞令のつもりで云った。

家の主が告げた思わぬ真実 

主は震える手で火箸に手を伸ばし、声を絞り出す。
「子供らは、ここさ、おる」と火箸を握り、炉端の灰をかき回した。

主が何を言おうとしているのか、先生はわからず、動作が中断する。
ゆっくりと円を描く火箸の動きだけが、目に入った。

「授かった子らを何人も間引きせにゃならんかった。」
「もごさい(かわいそう)けど育てられねぇ。」
「せめて、親のそばでずっといさせてやりてぇがった・・・・。」

主は、呟く。
その瞬間、白い煙が幾つもの子供の輪郭を形取った幻を見たと先生は語る。
黙って深く頭を下げ、軒をくぐって外へ出た。

先生の話に、生徒たちは息を飲み、教室は静まり返った。
あれから、45年以上月日が経ったが、この話は忘れられない。

※画像はイメージです。

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