甘い声、毒薬のような言葉、謎の女――東京ローズをめぐるミステリー
ラジオ・トウキョウより愛をこめて
「ハロー、米軍のかわいそうな坊やたち。貴方たちの妻や恋人は、他の男とあたたかいベッドで眠っているわ!」――甘く、魅惑的な女性の声がラジオから語りかける。
太平洋戦争中、ラジオ・トウキョウから海を越えて届けられたプロパガンダ放送、「ゼロアワー」。
その声は、死と隣り合わせの戦場へ向かう兵士たちの士気を奪い、郷愁へと駆り立てる麻薬だった。
魔法の声の主は「東京ローズ」。
東洋の謎の女、東京ローズに米兵たちは魅了された。
東京ローズは広島への原爆投下を知っていた?
硫黄島を包囲していた第7艦隊の船内にゼロアワーが流れる。
「ヴィンセント伍長さん。貴方の故郷のスプリングフィールドは雪で男手が足りないわ。お父さんの牧場に仔馬がうまれたみたい。今夜は面白いプレゼントがあるの。もう少し待っててね」。
日本軍の特攻機が突っ込んできたのは、それから15分後のことだった。作戦の連携による死の宣告。彼女は米兵たちの情報をよく知っていて、時には米軍の機密情報もちらつかせた。
ただごとではないメッセージもあった。
「第509航空部隊の爆撃機は、お尻の“R”が目印。日本軍にすぐに見つけられちゃうわ」。“R”の文字は、その機体にペイントされたばかりだった。そして、その爆撃機こそエノラ・ゲイ。
最高機密エノラ・ゲイの動向を東京ローズはつかんでいた。このことから、日本軍部は米軍の最高機密を把握していたという憶測が生まれ、やがて、天皇と軍上層部は広島への原爆投下を事前に知っていたという陰謀論へ発展していく。
東京ローズは誰だったのか?
終戦後、焼け野原となった東京で、米国の従軍記者が血眼になって追いかけた日本人が3人いた。
エンペラー・ヒロヒト、ヒデキ・トウジョウ、そしてトウキョウ・ローズ。
そんな中、ついに東京ローズが姿を現す、日系アメリカ人「アイバ・戸栗・ダキノ」。
叔母に会うため日本を訪れたが、滞在中に戦争が勃発し帰国の機会を失っていた。生活のために日本でタイピストの仕事に就き、その後、特別高等警察の指示で対外宣伝ラジオ放送のスタッフとなった。
ゼロアワー担当の女性アナウンサーが複数名存在したことは後に明らかになったが、自ら東京ローズと認めたのはアイヴァ戸栗ただ一人だった。
このことが彼女の運命を狂わせていく。米国籍でありながら、日本軍の謀略放送に加担したとして国家反逆罪の実刑判決が下される。「東京ローズはアイヴァ戸栗」という図式は今も根強く残っているが、彼女が唯一の東京ローズだったわけではない。
本当の東京ローズは?
アイヴァの声は東京ローズのものではないと証言した者もいた。
では米兵たちを虜にした本物の東京ローズは誰だったのか。最有力候補とされるのが「ジェーン須山」という女性だ。「南京のウグイス」と呼ばれた美声の持ち主であり、NHK女性アナウンサー第1号ともいわれる。
しかし彼女は米兵の運転するジープに轢かれて不可解な死をとげた。
不思議なことに、米軍にも日本警察にも事故の記録は残っていない。そしてそれは、アイヴァ戸栗の東京ローズ裁判中の出来事だった。
本物の東京ローズはジェーン須山だったのか?
なぜ彼女の事故死はなかったことにされたのか。さまざまな謎を残したまま、東京ローズは歴史の闇に消えてしまった。
“Tokyo Rose,” Tokyo, Japan, 9/20/1945 (full)
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