今年5月、「トップガン マーベリック」が日米同時公開となりましたね。
これを記念し、去年の11月には旧作「トップガン」が地上波放送され、懐かしさを感じつつ観られた方も多いのではないかと思います。
旧作「トップガン」を見逃していた
勿論、私もその一人なのですが、実は私、1986年に公開された旧作「トップガン」を見逃していたのです。
理由は簡単。
当時私は社会人になりたてのころで、平時の仕事の疲れもあって、映画館に行く元気がでませんでした。
情けない・・・・。
今回、旧作「トップガン」を観て思ったのは、やはりアメリカ人の多くは、トム・クルーズ演じる主人公のようなキャラに憧れを抱いているのだなという事でした。戦闘機乗りとして抜群の技量を持つ反面、自分勝手な行動が玉に瑕と言いますか、規則とか上官の命令などを軽視してしまうタイプです。
戦後間もないころに製作されたアメリカ戦争映画には、こうしたタイプのヒーローがよく登場する様な気がします。
戦闘機乗りとしての腕は良いのですが、営舎をこっそり抜け出し、女のところに行って出撃に遅れてしまったりする様な・・・・。ストーリーの中にギャグを盛り込んだ、つい笑ってしまいそうな内容なのですが、日本の場合ですと、とても思い及ばないシーンです。
けれどもアメリカの場合、映画で描かれている様な事が実際にあったとしても不思議ではない様な気がします。
アメリカ
大戦中の爆撃機の機首に若い女性の半裸のイラストなんかが描かれている場合がありますよね。
今から半世紀ほど前の話ですけど、小学生の高学年のころB-17のプラモデルをつくったのですが、はにかみながら半裸の女性のスライドマークを張り付けていた記憶があります。
国民性と言いますか、お国柄の違いみたいなものを深く感じてしまいますよね。
大袈裟かもしれませんが、日本とはまるで違うなと感じてしまうのも私だけではないと思います。
皆さんの方が良くご存知ではないかと思うのですが、アメリカの場合は、白人、黒人、ヒスパニック、など多様な人種が混在しています。
それ故に個々の違いというものを必然的に認めざるを得ない習慣が備わっているのではないかと思われます。
スタンドプレーがあったり、偏狭な信条の持ち主がいたり、スター気取りであったりする人も、それはそれで一つの個性であるとする精神風土があるのかもしれませんね。
日本
幸か不幸か、日本の場合は単一民族としての歴史が長いためか、出っ張ってしまう人間を敬遠する傾向が強いように思えますが、皆さんはいかがでしょうか?財界人の方などの口からたまに漏れるのですが、「日本の社会を運動会に例えると、みんなで横一列に手をつないで仲良くゴールイン」
先の大戦、そしてバブル崩壊による経済大国としての地位の失墜、成功してはいない今の経済政策。
国際社会の中の日本を見た場合、どうも三日天下的なんですよね。
この原因は一体どこにあるのでしょうか?
「TOP GUN」を見て、ついこんな飛躍したことを考えてしまいました。
トップガン・マーベリック (C) 2022 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
※画像はイメージです。
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