私は22歳のときに恋愛結婚をしました。
妻は一人娘で長女、いわば私は婿入りという形です。私は次男だったため、私の両親も快く背中を押してくれました。
新婚旅行は、当時として贅沢の象徴ともいえる定番のハワイ。帰国後の生活もさらに驚くもので、妻の両親が暮らす家の敷地内に、費用はすべて妻の親持ちで真新しい二階建ての家を新築してもらったのです。
さらに生活費まで心配する必要がなく、働いた給料は丸々自分たちの自由に使えるという、贅沢を絵に描いたような日々でした。
妻の家は古くからの地主で、地域でも名の知れた資産家。
唯一の娘である妻は、豊かさと愛情を一身に受けて育ち、そして私も、その恩恵をたっぷり受けることになったのです。何もかもが理想的で、不満などない生活、俗に言う逆玉の輿です。
第一子は・・・
一人目の子を授かり、妻の両親は心から喜んでくれたのですが、出産後しばらくして、息子に先天性の障害があることが分かりました。
妻は病院に泊まり込んで息子に寄り添い、私は仕事を終えると病院へ直行し、洗濯物を受け取ったり、せめて1~2時間だけでも交代して息子のそばに付き添ったりと、慌ただしい日々が続いていました。
ある日のこと、義母が何気ない調子を装いながらも、突き刺すような言葉を口にしました。
「うちは代々、そんなビッコなんて生まれたことはないんだよ。○○君の家はどうなの?」
表情は笑顔でしたが、その裏には「お前の血筋が問題なのだろう」という責めています。
その瞬間、胸の奥に冷たいものが流れ込み、私は黙って頷くしかありませんでした。
それ以来、私はできる限り義母と距離を取るようになりました。
息子は入退院を繰り返し、1か月入院しては1週間だけ家に戻るといった生活。そんな生活に追われながらも、義母のあの言葉は頭から離れません。
彼女まで傷つける必要はないので、あの一言を聞かせることはしませんでした。
双子が・・・
妻の二度目の妊娠が分かったのはちょうどその頃です。
忙しい日々の中、妻も励みになり毎日の病院通いも苦になりませんでした。
おなかが大きくなる頃、妻から報告がありました。
「双子だって。」
私も妻も大喜びでした。
早速、私たちは義理の両親に報告へ行き、双子を授かったことを伝えたのですが、二人とも顔を見合わせ、言葉を飲み込むように黙り込み、明らかに浮かない表情を見せました。
なんだか言い難い不安を覚えましたが、一人目に障害が合ったから心配しているのだろう、産まれて顔を見れば変わるだろうと思ったのでした。
ところが、いよいよ生まれると妻が出産に頑張っている最中、義理の母がビックリする発言をしました。
「双子はね、心中の生まれ変わりで、生まれ変わっても幸せになれないんだよ。」
それに続いて義理の父親が、続けて言ったのが・・・。
「産まれてから、一人はどっかにやらなきゃいけないからね、縁起が悪いから。」
嘘のような本当の事
耳を疑いました。
実の娘が頑張って生んでいる、自分の孫なのに。
そんな話は聞いたこともありません。
ところが冗談ではないようで、生まれたばかりの子なのに養子に出すような話が本気で進んでいるようでした。
唖然としながらも、妻の両親に「3人とも自分たちの手で育てますから」と断言すると、義理の父がとんでもない事を言いきったのです。
「我が家は代々続く名家だから、戦前だったらビッコも双子も間引かれるんだよ!命があるだけ良いと思わないと」
私は心底怖くなり、妻に事情を話して、別な土地で自分たちだけで暮らす事にしました。
ただ、元々育ちが良い妻は暮らしに慣れることなく、私たちは離婚しました。
父親一人で3人、それも一人は障がいを持っている子を育てるのは、並々ならぬ苦労の連続でした。
※画像はイメージです。


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