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運が悪かったね

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これは、友人のAさんに聞いた話である。
「怖い話? あるにはあるぜ。でも、お前さんが求めてる話とは違うかもしれんぞ。ほら、怪談的というか。そういうのだろ、お前が聞きたいのって。俺は何というかさ、経験はしたんだけど。夢だったかもしれないというか――よく分からないことが立て続けに起きたんだよ」

たまたま、用事がありAさんと話すことがあった。Aさんは昔大手のIT会社に勤めていたが、中々にブラックな職場だったらしく、やり甲斐はあるものの三十半ばにして体調を崩し離職する。諸々の手当てはもらったものの、心機一転として仕事を探すことになり、また同じ業界に行こうかとも思ったが、求人広告を見たら似たような待遇しか連想できず、結局今は警備員をやってるらしい。

案外Aさんは楽しくやってるらしく、以前のように納期に苦しめられることもないし、他人が書いたプログラムコードに悪戦苦闘することもない。
「でもな、警備をやってるとたまに怖い噂を耳にするんだよ。典型的なものだぜ? 病院の泊まりがけの仕事してたらよ。巡回のときに霊安室で見知らぬ死体があったりさ。誰もいないはずなのに声が聞こえてきたり」
だが、とAさんは言う。

俺は、ちょっとおかしなのに巻き込まれた――というか、現象?
だったんだとか。
「俺はそこそこ金が欲しいし、まだ若い方だからそれなりに働ける。だから、色々な現場に回されるんだ。でさ、うちの現場はマンションが多くてな。でかいマンションは大変だぜ。巡回に三時間かかるなんてざらにあるしさ。マンション内はエレベーターが使えるから、下りるときに多少めんどいだけで。でも、屋外駐車場とかそういうのはエレベーターないから階段を上り下りしたりして、大変だったな」
で、彼が担当したマンションの一つで事件が起きたらしい。
「いや、いきなり幽霊が出たとかじゃないんだよ。なんか、多分だけど少しずつおかしくなったのかな。んぅ、途中まで全然分からなかったな。でも、変な感じが増していったというか」

最初に、あれ、と思ったのは。
人、らしい。

警備の仕事で巡回は重要視され、何回も何回も行われる。その際、マンションでは住人と出くわすことが度々あり『こんばんわ』と愛想良くするのだが。
「どういう奴が現れたと思う? 違う。おかしな人が現れたじゃないんだよ。そういう意味じゃない」

例えば刃物を持ってるだの、一発で分かる異変ではないらしい。その異変に気づいたのは、大体三回目くらいからだろうか。
「同じ人に三回も出くわしたんだ」
言っておくが、とAさんは言った。
「俺が同じ場所を何度も回ったわけじゃないぞ。マンションのさ、エレベーターでてっぺんまで行ってジグザグに歩きながら階段を下りていったんだ。そのときにさ、何故か同じ人を三回も見かけたんだよ」

それは老齢の女性だったらしい。黒いコートを着込み、やや腰が折れ曲がっていた。
「それを三回も見たんだ。いや、でもこのときはまださ。似た人がいるんだで済ませたんだ。だってそうだろ? 黒い格好なんて珍しいものでもないし。まさか同じ人が三人もいるとは思わないじゃん」

だが、これをキッカケにその巡回はおかしくなっていく。
「お前、この話の行き着く先はどこだと思う? ……違うよ。あれか、よく漫画であるみたいにさ。何だっけ、無限回廊? マンションを下りようにも全然一階に辿り着かず、って予想したんだな。違うよ。そういうのじゃない。普通にマンションは下まで行けたよ。いや、俺がそのとき働いてたのは三棟ぐらいのマンションを一気に見ててさ。それ一つじゃなかったけど」

Aさんは言う。
「カラスの死体があったんだよ。嫌なもの見ちまった。このまま放置するわけにもいかないし、だけど、自分だけの判断じゃ分からないし。とりあえず、警備の本社に相談しようとしたんだ。夜中でも待機してる人がいて相談があったら対応してくれるからさ。そこから、業者に頼むなり何なり指示してくれると思った。そしたらさ――消えたんだよ。カラスの死体」
現場で使うスマホから連絡しようとしたとき、カラスの死体は消えていたらしい。
狐につままれた、という表現はよく使われるがまさにその通りの出来事だったようだ。え、だって、ここにあったよな? と。

匂いまで感じられたはずのカラスの死体。だが、それはちょっと目を離したすきに消えてしまった。目を離したといっても、スマホで連絡するのに一瞬視界から外れただけだ。
「でも、このときも俺はまだ怪異とは考えてなかった。そう、俺は疲れてるのかなってさ。冷静だろ。でもそうだよな、まさか変なことに巻き込まれてるとは思わないじゃんか」

だが、おかしくなっていく。
「マンションでさ、子供のおもちゃが置いてあるの見たことないか? お前もマンションの友達はいたろ。そう、玄関前にさ。スケボーだとか。ほら、あれって何て言うんだっけ。ハンドルがついて足で地面蹴って進む奴。あー、キックボードって言うのか。そういうのがあったりするじゃんか」

だが、Aさんが目撃したのはちょっとおかしかったらしい。
「でかい、人形が置かれてたんだよ。くまのぬいぐるみ。天日干しじゃないよな。何でこんなのが玄関の前にあるんだろって」
奇妙に感じた。で、ちょっとそのぬいぐるみに視線をやったのだ。
「目ん玉がさ。くりぬかれてたんだよ」

異変。
「ドアから異臭が匂ってきたりもしてたな。ただ、足を止めると急に匂いは消えるんだ。共用スペースにあるトイレを点検したらさ、電気が点けっぱなしだったんだ。で、消していくじゃん。ふと、気になってまたトイレをのぞいたんだ。そしたら、何故か電気がまた点いてた」
おかしくなる。
徐々に、少しずつ、バレないように子供が悪戯をしていくのとはわけが違うレベルで、しかけた本人も忘れそうなほど慎重にことが進み、Aさんの世界は変化していったという。

「この仕事は泊まりがけというか夜勤でな。だから、段々と夜は深まり人の数も減っていく。やがて俺の足音だけが支配するようになるんだ。巡回する俺の足音だけのな。なのにさ、耳を澄ますとおかしいんだよ。俺の足音しか聞こえないはずがさ。誰かの足音もかすかにだが聞こえてくるんだ」

それも、こちらが足を止めるとピタッとあちらの足音も止まったんだという。
「うしろを振り返ったよ。でも、誰もいなくてさ」
再開したら、また足音が重なる。
「ずっと、あとを追いかけられた。わけじゃないんだ。その足音は少ししたら消えていたな。だから、気のせいかもと考えたんだが」

他にも、あったらしい。
ゴミ捨て場も確認するが、ゴミ捨て場に大量の血がついた包帯が捨てられていたり、錆びたり変色している人形が捨てられていたり、幻覚も増えていく。歩いてると植え込みの花壇が一斉に枯れてるように見えたり、変な声も聞こえたんだとか。

『運が悪かったね』
段々と、Aさんの心は蝕まれていく。
「この頃になると俺もやばい、これはやばいとなるんだが、どうすればいいか分からなくてさ。こんなん、会社に報告してもしょうがないだろ。助けてくれ、幽霊が出たんだって。精神病院を薦められるのがオチさ。だからって親に泣き言もな」
そう、かすかにまだこのときは余裕があったのだが。
ともかく、巡回を終えて防災センターにもどると。
「知らない男がいたんだよ」
三十代半ば、くらいの男。格好は安物のアパルとチェーンで買ったスウェットを着ていた。最初は、見知らぬ誰かが勝手に侵入したのかとも考えたが――いや、鍵はちゃんとかけていたのだ。Aさんは、防災センターにもどるときも鍵を開けて中に入ったのだ。

「その仕事はさ。一人現場なんだよ。だから気楽だったんだけど――絶対、そんな奴は入りようがないのにさ」
Aさんは硬直した。
防災センターにもどると、その男はAさん達が作業する机の近くで直立していた。その立ち方ものっぺりとしたもので生気が感じられなかった。
男は、くいっくいっ、と手招きする。
本来、Aさんはそんなのに従わずにすぐ逃げるなり、誰かに助けを求めるなりすればよかったのだが。Aさんはまるで催眠にでもかかったかのようにその手招きに従ったらしい。
『運が悪かったね』
そして、男の姿は消えた。
Aさんは動揺した。何だ、何が起きたんだと。
「ふと、監視カメラのモニターを見たんだよ。マンションにはいくつも監視カメラがある。そう、それで不審者を見つけたり、あの車いつまでエントランス前に止めてるんだよって確かめたりな」
で、そのカメラ全部にあの男が映っていたらしい。
「そして、いつのまにか朝になっていた」

気絶して朝になった、ではないらしい。
ほんとに、まるで漫画の次のコマに移ったみたいに、急に変わったのだ。場面転換のようなもの。それまで深い、深い夜だったのが。
急に朝の光景になった。
「しかも最悪なことにさ。その事件、その一回だけだったんだよ。それ以降、その現場はもう行きたくないですって言ってさ。でも二年後ぐらいにまた行くことになったんだ。憂鬱だったよ。でも、そのときは何も起こらなくてさ。他の人に話を聞いても俺が味わったようなことは全く起きてなかった」

そして、Aさんは今も警備を続けてるが他の現場でももちろんだが家に帰っても不可思議なことは一切遭遇してないという。
「ほんとに、あのときだけなんだよな。おかしな話だよな。怖い話にしたって、もっと壮大なオチが待ってそうなのにさ。いや、あのときはすごい怖くてしばらくまともに生活するのも難しかったけど」

それにしても、とAさんは思うらしい。
「あのとき『運が悪かったね』って何度も言われたのはさ。何だったんだろうな、て考えるんだ。もしかして、天気雨のようなものでさ。たまたま、あの一帯というか。俺にだけ変なことが起こったのかなって。いや、局所的にも程があるけど。今は、そう思うよ」

居酒屋での飲みは終わり、Aさんとはそれで別れた。
後日、Aさんからまた連絡が入る。彼は『宝くじ当たったわ』と、五〇〇円の当選を知らせてきた。
どうやら、運が悪かったのは本当にあの場面だけだったらしい。

ペンネーム:蒼ノ下雷太郎
怖い話公募コンペ参加作品です。もしよければ、評価や感想をお願いします。

※画像はイメージです。

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