「こんなはずじゃなかった・・・・」
今でもこの一言が頭にこびりついて離れない。
ある橋
名前は伏せさせていただくが全長約2kmの大きな橋。大型客船が橋の下を通れるほどの高さがあり、夜間のライトアップの美しさもあって写真撮影や観光で訪れる人も多い。
これだけ聞けば、橋の名前が思い浮かぶ人も多いのではないだろうか?と同時にこの橋の別の顔も浮かんだ人はどれだけいるだろうか?
実際にこの橋を訪れた方ならピンときているかもしれない。
この橋の麓には駐車場があり、駐車場からは橋の上まで繋がる歩道があって、橋の上を歩くことも可能となっている。
歩道には2m程度の簡単に乗り越えられる柵のみ。歩道は時間の規制もなく、夜中や朝方などであれば通る車も少なく歩道には誰もいない。遠目の街明かりに眼下に広がる海。飛び降りるにも最高の場所でもある。
ここには公衆トイレがある。外観や中はだいぶ古いのだが、掃除がこまめにされ悪臭漂うような汚さはなく、そのあたりの公園のトイレと大きな変わりはない。
ただ「命を大切に」、「早まるな」、「自殺する前に~」などと、公園のトイレにはないポスターが至る所に貼られている。
声が聞こえる
私はこの橋の近くに住んでおり、往復で4kmという程よい距離で直線な事もあって、雨の日で限り、毎晩、仕事から帰った後、走ることにしていた。
トイレの貼り紙やご近所の噂から自殺者がいることは知っていたが遭遇したことはない、それに橋は見渡しがいいため、人がいれば遠くからでもすぐわかる。柵を越えようとする者、越えた者がいれば近づかなくても分かるから大丈夫だと思ってた。
時間は20時くらい、いつものように駐車場から橋の上に向かう歩道を走っていく。
その歩道は橋の下を一度、くぐり抜ける形のため、いつでも薄暗い。
「うぅぅ・・・うううう・・・」
うめき声がした。声が低く、ギョッとして辺りを見渡しても、歩道の脇の草むらには人がいるような様子もない。
どこから聞こえてくるのかと耳を澄ます。か細いうめき声は上からだった。声だけで姿は確認できない。
幽霊とも思えず急いで歩道から橋の上へと向かが、橋の上には誰もいない。
うめき声は嗚咽と混じりながらまだ微かに聞こえていた。今度は下からだった。
歩道からは上からで、橋の上からは下から聞こえるうめき声。
橋の横かと思いあたったが、柵を越えない限り確かめようがない。
「おい、誰かいるのか!!」
呼び掛けてみた。
「こ、こんなはずじゃなかった、こんなはずじゃ・・・」
震える掠れた声が返ってきた。幽霊などではない人だ。
警察の対応
私はすぐさま通報した。
柵を越える勇気はなかったため、「助けが来るぞ!」と橋の横にいるであろう者に何度も呼びかけた。
返事はないまま、うめき声や嗚咽はしばらく続いたが静かになった。
通報して10分ほどで警察が来た。すぐさま橋の横を確認すると思ったが、柵の手前で呼びかけるだけで、救出作業はされなかった。それから業者らしき人たちと救急車が来て橋に向かっていく。
ことの顛末を見届けたかったが、事情聴取の後に警察に帰るようにと言われて渋々、橋を離れた。
遠目で様子を伺う限り、救急車で誰かが運ばれることもなかった。
自分は幻聴を聴いて迷惑をかけてしまったのではないかという気がしてきた。
事の顛末
そのままモヤモヤしたまま帰宅し、心配して家で待っていた妻に今夜の出来事を話すと、妻はこう言った。
「たぶん橋の横で引っかかったのかもね」
「引っかかった?」
妻の言葉にオウム返しで聞き返す。
「海に飛び込んで楽に死ねるって思ってるんだろうけど、橋の土台に当たる人もいるし、橋の横に突起物が多いから引っかかってパチンコ玉みたいに跳ねながら落ちたり、引っかかったままの人もいるみたい。」
「まぁ助走をつけて飛び込めばいいかもしれないけど、そんな人はいないだろうしね」
妻の説明に納得すると同時にゾッとした。
翌朝、新聞やネット、ニュースも意識したが飛び降りの話はどこにもなかった。まぁ今までも特に記事になったことはない。声の主はあのあと海に落ちたのだろうか?
それとも幻聴を聴いたのだろうか?
今もそれは分からないし、あの後も橋の上を走ることはやめていないが、飛び降りに出くわしたことはない。
※画像はイメージです。
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