ウイルスは生物であるのか、それとも非生物的構造体にすぎないのか?
近年の生物化学的知見に基づきつつ、ウイルスの起源・進化・人類との関係について再考し、同時にその存在が持つ哲学的・オカルト的側面を検討する。
ウイルスがもたらす「破壊」と「共生」の二面性を通して、生命の定義そのものを問う。
生命の定義とウイルス
生命の定義は依然として揺らいでいると思える。
生物は自ら代謝し、増殖し、環境へ適応する存在とされが、近年「遺伝情報を持ち進化するもの」もまた生命と見なす立場が提案されていと言われている。
この基準からすれば、ウイルスは自らの複製機構を持ち、変異と進化を遂げる点で「生命的」である。しかし一方で、宿主なしには自己複製を行えず、エネルギー代謝も持たないため「非生命的」でもある。
この二重性こそ、ウイルスが生命と非生命のあいまいな存在と呼ばれるゆえんである。
ウイルスとは何かというのか?
単純なようで出自は未だ不明瞭であり、生物学的にはおおむね以下の三説が提唱されている。
- 逃走(進化)説:細胞生物の遺伝子断片が細胞外へ脱出し、他の細胞間を移動する能力を獲得した。
- 縮退説:元は自立した細胞生物が、寄生過程で機能を失い、ウイルスに退化した。
- ウイルス先行説:細胞生命が成立する以前から、ウイルス的複製機構が原始地球上に存在した。
これらはいずれも確証に乏しいが、ウイルスが生命史初期から存在していた可能性を否定するものではない。
およそ30億年前、原始海洋の中で最初の細胞が誕生したとされる時期、ウイルスは既に情報の流通装置として機能していた可能性がある。
ウイルスの二面性
一般にウイルスは病原体として認識される、エボラ、インフルエンザ、コロナなどは、いずれも宿主の生命を脅かす破壊的存在である。
しかし一方で、ウイルスは生命の進化を促進する媒介者としても機能してきたと思う。
特に注目されるのが内在性レトロウイルス(HERV)である。これは古代に感染したレトロウイルスの遺伝子が宿主ゲノムに組み込まれ、世代を超えて受け継がれたもので人類ゲノムの約8%を占めると報告されている。
さらに哺乳類の胎盤形成に関与する「syncytin」遺伝子群は、HERV由来のウイルス遺伝子が転用された結果であり、胎児と母体の間に免疫的融合をもたらしている。
もしこの遺伝的借用がなければ、哺乳類は胎内発生という形態を獲得できなかった可能性がある。
すなわち、ウイルスは「破壊する存在」であると同時に「進化を促す存在」。
生物と非生物の境界にあって、破壊と進化、善と悪、二極を内包する存在といえる存在だ。
※画像はイメージです。


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