視界が悪い。
狭い部屋で室内干しをすると目の前に洗濯物の下部がさらされる。工夫して干せばいくらかましだろうが残業続きのうえ悪天候が続いたせいで洗濯を終えるだけで精一杯だった。
顔に触れそうなほど近いズボンの裾が邪魔だ。それでも眠気が勝ってしまい、起き上がって退けるだけの気力が湧かない。
触れそうなほど近いと言っても横になっている限りは触れない距離だ。眠って仕舞えば気にならない。瞼を閉じる直前、視界に映った白に疑問符が浮かぶ。目の前に干したズボンの色は暗い青だ。瞼の裏側に見えた色だろうか。目を使う仕事だ。疲れで、おかしくなっているのかもしれない。軽く瞬きをしようとして、先までの考えが的外れたと気づいた。
おかしいのは目ではなく、睡魔に侵されている脳か?
カーテンのすきまから漏れている街灯の光で、うっすら浮かび上がるズボンのシルエット。真下から見える円形の内側に、やはり白が見える。
ズボンのポケットに穴が空いていて、そこに入れっぱなしになっていたティッシュでもはみ出ているのだろうか。だとすると他の衣類にもまとわりついて剥がすのに一苦労だ。しかしねむい。明日、明日の朝出勤前にーと、白い何かが動いて見えたティッシュ、あるいはハンカチかもしれない何かが動いている……寝ぼけた瞳は夜目がきかない。風が吹くはずのない部屋で、しかもズボンの内側に在る何かが動いた。
不思議だなぁと眠い頭で感じたが、その時点で恐怖はなかった。ぼやけた目に見える何かが何であるかわからないのも恐怖を麻痺させていた。
筒状の布の奥に見える、白く、細長く見える、ゆっくりと動く、徐々に大きくなって見えるそれ。
指だ、と理解した瞬間に麻痺していた恐怖が込み上げてきた。真上に位置する円形から顔が動かせず、蠢く白から目が離せない。
筒状になった布の表面の上下左右から手の甲を合わせる形で、じわじわと姿を現している。ちょうどドアの隙間に手を差し入れて開く形に似ている。
そう感じた瞬間、ピッタリ合わせられていた手の甲に隙間が生じた。
筒状の布を開くように、左右に開かれ、隙間から、また白が、白、薄い色の肌、閉じた瞼だ。
目を合わせてはいけない。眠気と込み上げる恐怖で、咄嗟に動かした手のひらが掴んだのは湿っぽいズボンの裾だった。
窓から差し込む光に見えたのはなんの変哲もない自室だった。狭く、室内干しをすると息苦しい部屋。
昨晩見た白は夢だったのだ。そう言い聞かせながら見えた枕元には、乾き切っていないズボンと、力任せに引っ張ったせいでちぎれている洗濯バサミだった。
※画像はイメージです。
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