私が中学二年生のときの話です。
小学校高学年から母方の祖父母と同居していました。
私は祖父母にはとてもかわいがってもらい、優しい二人のことが大好きでした。
祖父母と過ごす日々は穏やかで楽しいものでしたが、そんな日常も長くは続きませんでした。
祖父のガン
祖父の咳と痰が酷くなって受診したところ、末期の肺ガンが判明しました。
既に高齢だった祖父は手術には耐えられそうになく、放射線と薬物による治療をすることになったのです。
しかし、末期だったこともあり病状は良くならず、祖父は日に日に弱っていきます。
入退院を繰り返していましたが、本人の希望もあって自宅での療養を主とした治療を続けていくことになりました。
そんな祖父の看病は祖母が行っており、病状が悪化していく様子を本人同様に辛く感じていました。
そして遂に痛みが限界を超え、自宅療養も難しくなったので祖父は入院することに。
祖母のお願い
祖父が入院した日に、祖母は仏壇へと報告したそうです。
その仏壇では、早くに亡くなった祖父母の息子(私にとっての叔父)二人を祀っていました。
日々苦しそうに過ごす祖父があまりに不憫で、本人も「早く楽になりたい」とこぼしていたこともあり、祖母は仏壇に「早くお父さんを迎えに来てやってくれ」と語りかけていたそうです。
祖父が入院して一週間が経った日。
その日も祖母は同じように仏壇に語りかけていたそうです。
目をつぶって手を合わせていると、突然仏壇の中から「ガタン!ガタガタ!」と大きな音がしました。
驚いて目を開け、仏壇の中を覗き込みましたが、何一つ異常はありません。
けれど、あまりに大きくハッキリとした音で空耳とも思えず、辺りを確認し直すことにしました。
すると、仏壇からほど近い位置に置いていた祖父母二人の写真が、伏せられるように倒れていたのです。
それを見た祖母は「きっとおじいさんの迎えに来てくれたんだ」と確信したそうです。
誰かの声
その日の深夜のことです。
私が自分の部屋のベッドでウトウトしていると、下の部屋から何か声がしているのに気付きました。
私の真下は祖父母の部屋です。
今は祖母一人だけで、もう寝ているはずなのにと思いながら耳をすませました。
「XXX!(母の名前)」
「XXXX!(祖母の名前)」
男性の苦しそうな声で母と祖母の名を、何度も繰り返し呼んでいます。
それを聞いた私は飲み会に行っていた父が帰宅し、酔いすぎて誤って祖母の部屋に入り込んだのだと思いました。
時計を見ると十二時を少し過ぎています。
酔っ払った父の相手は私一人では無理なので、母を起こしに行きました。
「お母さん、お父さんがおばあちゃんの部屋で呼んでる」
「はぁ? なんで? お父さん帰って来た? 全然音しなかったけど」
起こされた母は不機嫌そうにしながら、二人で祖母の部屋へと向かいました。
一階に降りると電気も点いておらず、さっき聞こえた声も聞こえません。
「本当にお父さんの声した?」と訝しげな顔をする母に、私は「したよ。苦しそうにお母さん達の名前呼んでた」と答えました。
そこであることに気が付きました。
父は母の名前は呼んでいましたが、祖母のことは「おばあさん」と呼んでいて、名前を口にしたことはなかったのです。
それから母が祖母の部屋をソッと覗きましたが、祖母の寝息が聞こえるだけで、他には誰もいません。
「おばあさんが寝てるだけだけど?」
「でも本当に声したんだってば」
「そもそもお父さん帰って来てる? 靴ある?」
二人で玄関に確認に行くと、そこに父の靴はありませんでした。
もちろん鍵もしっかりと施錠されています。
「あんた寝惚けてんじゃないの? まったく勘弁してよ」
そう憎らしげに母は言って、さっさと自室へと戻って行きます。
私も納得いきませんでしたが、父が帰宅していないことは確かなので、そのまま部屋に戻って眠りました。
病院からの電話
けたたましい電話の音が響き、私は飛び起き時計を見ると、四時を回っていました。
こんな時間に電話をかけてくる人は限られています。
慌てて電話を手に取ると、案の定祖父が入院している病院から。
電話を手に両親の寝室へ走り、母を叩き起して電話を手渡します。
話しぶりから、祖父が危篤状態であることがわかりました。
小学生の妹はまだ眠っていたので、両親と祖母が病院へ駆け付けることになります。
そして、五時半頃に父から電話があり、祖父が亡くなったことを知らされました。
両親と祖母が病院に到着したときには既に祖父の心臓は止まっており、医師が心臓マッサージをしていたそうです。
母が「本人が延命を望んでいませんでしたから、やめてください」と言うと、すぐにマッサージはやめられ、その場で死亡が確認されました。
残念ながら死に際には間に合わなかったのです。
祖父は一人で旅立ってしまいました。
祖父の最期の話
それから通夜と告別式は滞りなく行われ、斎場に戻ってすべてを引き上げようと片付けをしていました。
すると、いとこと叔母の話が聞こえてきます。
いとこの友人が看護師をしており、偶然祖父の入院していた科に勤めていて、祖父の最期のとこを伝えてくれたそうです。
その人の話によると、祖父の容態が急変したのは十二時過ぎだったそうです。
担当の看護師が医師に「ご家族をお呼びしましょうか?」と確認したところ「必要ない。以前も同じことがあって持ち直した」と言われたと教えてくれた。
結局祖父の容態は回復することなく、医師が家族を呼ぶようにと慌て出したときには、既に心拍の確認がほとんどできなくなっていたそうです。
実は祖父は職人だったこともあって他人に対して気難しい態度を取ることがあり、病気が悪化してからは医師や看護師にキツく当たることがありました。
そのせいで病院側にはあまりよく思われておらず、その結果、危篤時に家族を呼んでもらえなかったのかもしれないと叔母は言っていました。
その話を聞いて、私が真夜中に聞いた声の主は父ではなく、祖父だったと確信したのです。
まだ意識があり、最期に伝えたいことがあったのだろう祖父が母と祖母の名を呼んでいたのでしょう。
祖母の部屋からその声が聞こえたことがその証だと思います。
ただ、その声を聞けたのが母や祖母ではなかったことが残念でなりません。
私でごめんね、おじいちゃん。
※画像はイメージです。
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