「たすけて下さい この男の人 わるい人」恐怖のメモが謎を呼ぶ、長岡京ワラビ採り主婦殺人事件

ある春の日、お弁当を持ってワラビ採りに訪れた主婦達。他愛もない会話をし、何を作ろうかと考えながらワラビを採る。そんな楽しい一時を過ごしていたに違いない。
そう、「この男の人」に会うまでは・・・

事件の概要

1979年5月、長岡京市のスーパーのパート仲間の主婦2人が、仕事終わりに近くの山の竹林にワラビを採りに出かける。
この竹林は地元では「野山」と呼ばれ、普段から山菜採りなどで住民が気軽に訪れるような場所だ。
しかし2人はその日、自宅に戻ることはなく、2日後に山頂付近で遺体となって発見された。

遺体の状況

2人の死因はそれぞれ、主婦A(以下A)が絞殺、主婦Bが刺殺だった。
しかし、その死因に至るまでの遺体の状況は凄惨を極めている。

Aは全身30ヵ所以上を殴打。肋骨は折れ、肝臓が破裂。性器に異物が入れられており、強姦の跡も見られ、犯人のものと思われる体液が体内から見つかっている。
Bは全身50ヵ所以上を殴打され、激しく抵抗したのか着衣は乱れ、下着も切り裂かれたような状況だったそう。
しかも遺体には包丁が刺さったままだった。

残されたメモ

現場に残された2人のリュックサックからは、空の弁当箱や採ったワラビ、財布などが見つかっており、物取りの犯行の線は消えた。
一見なんの変哲もない遺留品だが、Aのポケットから当時の日本を震撼させるものが見つかる。

「オワレている たすけて下さい この男の人 わるい人」

それは、鉛筆で書きなぐられた助けを求めるレシートだった。

多く残される事件の謎・・・メモの謎

そもそもこのメモはなぜ、どのタイミングで書かれたのか。
Aが追われながら書いたと考えられているが、現実的に考えて、こんなメモを書いたところで助けは来ない。それならその時間に一生懸命走った方が生存確率は上がるだろう。
それに追われながらも小さなレシートに鉛筆で文字を書くのは至難の業だ。

しかもこのメモに犯人の特徴などは書かれておらず、ダイイング・メッセージにすらなっていない。
そしてこのメモを書いたと思われる鉛筆は捜索では見つからなかった。(鉛筆の芯の一部のみが発見されている。)
もしも鉛筆を犯人が持ち去ったのだとすれば、なぜ肝心のメモは残されたままだったのか。
このメモが意味する事は、一体なんなのであろうか。

犯人は一体誰なのか

当時から捜査線上やマスコミの調べで、何人かの容疑者と思われる人物が浮かんでいたとされている。
地元の不良達、空手を習う少年、あまりに軽装な不審者、夫…。

しかしそのどの容疑者にも、逮捕に結び付くほどの証拠はなかった。
Aに残された体液から犯人はO型だということがわかっているが、単独犯なのか複数犯なのか、それすらもわかってはいない。

なぜ殺されたのか

事件が起きた竹林は、地元の人達が山菜採りに出かけるような気軽な場所であった一方、草木が生い茂り、暗がりが多かったことからレイプ事件などが頻発していた場所でもあった。
しかし、今回の殺人にまで至るようなことは起きていない。

「この男の人 わるい人」から推察するに、なにかを見てしまったため、口封じ的に殺害されたにしては、遺体の状況が凄惨すぎる。
もしも怨恨による犯行なのであれば、高い確率でメモに犯人の名前や特定できる事柄を書けたのではないか。
2人はなぜ、殺されなければならなかったのか。

もう1つの事件

この事件の5年後、同じ長岡京市である主婦が首背中をメッタ刺しにされた上、布団に包まれた状態で火をつけられ殺害されるという恐ろしい事件が発生した。
当初はただの残忍な事件とされていたが、警察がワラビ事件と関連づけて調べているとの憶測が出回り、波紋を呼んだ。
実はこの殺害された主婦C(以下C)は、ワラビ事件の2人と共に、事件当日ワラビ採りに訪れたものの、先に下山していた人物だったのだ。

結局この憶測は事実かどうか、公式には明かされぬままになっている。
なお、C殺害現場に残されたいた犯人のものと思われるDNAも犯人はO型であることを示している。

犯人は誰なのか

一体犯人は誰なのか・・・結局それがわかることなく、事件は事項を迎えた。
主婦達の無念は晴れることはないのか。
真相究明が期待される。

※画像はイメージです。

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