臨終後になくなる21グラムは魂の重さ?~魂の重量を計測した医師~

科学が進歩した現代でも未解明の謎はたくさんある。科学の名のもと、超難題に挑もうとする科学バカ一代はいつの時代も現れる。
人間の魂の重さを突きとめ、魂には実体があることを証明しようとしたダンカン・マクドゥーガル博士もその一人だ。

「人間の魂は21グラムです」by D・マクドゥーガル

ダンカン・マクドゥーガル氏
■ダンカン・マクドゥーガル氏AnonymousUnknown author, Public domain, via Wikimedia Commons

心霊現象やスピリチュアリズムを鼻で笑う懐疑派でも、魂の存在はなんとなく信じているという日本人はけっこういるのではないだろうか。
しかし、CTやMRIで脳や体内をのぞくことができる世の中になっても、魂らしきものは体内のどこからも発見されていない。それでも魂の存在を信じる人がいるのは、魂が実体のないものとして認識されているからにほかならない。

人生を終えたばかりの人間の体重は、生前より21グラム軽くなっているという。消えてしまった21グラムは肉体を離脱した魂の重さとして小説や映画にもたびたび登場しているけれど、そもそもどのような経緯で「魂は21グラム」といわれるようになったのだろうか。

今から100年以上も昔、魂の謎に迫る狂気の実験が行われた。魂の存在を証明しようとしたその男は、アメリカ合衆国マサチューセッツ州の医師、ダンカン・マクドゥーガル。
彼は末期患者の臨終前と臨終後の体重を計測して、死を境に人間が少しだけ軽くなることを発見した。人の体には魂が宿っており、魂は物質ゆえに重量を持つはずだと彼は信じていた。

「犬には魂がないようです」by D・マクドゥーガル

ダンカン・マクドゥーガル氏
■ダンカン・マクドゥーガル氏AnonymousUnknown author, Public domain, via Wikimedia Commons

計測実験では、実験に同意してくれた結核患者や糖尿病患者ら6名と、拒否したくてもできなかった気の毒な15匹の犬が被験者になった。
マクドゥーガルは、当時としては精度の高い秤を使って患者の体重をベッドごと測定。その重さの変化を丹念に観察し続けた。もちろん患者の呼吸や発汗による水分の揮発等も考慮した。

すると、1名の患者が息をひきとった直後に21グラムほどの減少がみられた。6名の計測結果は実際はまちまちで、なかには計測に失敗したケースもあったのだが、彼は魂の重量は21グラムと結論づけ、これを学術誌に発表。被験者によって体重の減少に時間差が生じた件については、人によって魂が遊離するタイミングが異なるためと主張した。

また、犬を使った測定では体重に変化がなかったことから、犬には魂がないという結論を導き出した。犬の実験では死期が近い犬を用意できなかったことが記されており、現在では倫理的に問題がある方法で実験を行なった可能性も指摘されている。

「しばらく、おとなしくしています」by D・マクドゥーガル

ダンカン・マクドゥーガル氏
■ダンカン・マクドゥーガル氏AnonymousUnknown author, Public domain, via Wikimedia Commons

マクドゥーガルの研究発表は『ニューヨーク・タイムズ』で大々的に取り上げられ、広く世に知られることになる。
ところがアカデミズムの反応は冷ややかなものだった。6名というあまりに少ないサンプル数や、秤を含む実験環境のお粗末さへの指摘、さらにサンプルのうちの望ましい結果のみを発表したのではないかという疑惑が学者たちから噴出したのである。止むことのない批判の声にさらされて、マクドゥーガルはいったん沈黙せざるをえなくなる。

しかし彼は数年後、再び『ニューヨーク・タイムズ』のトップ紙面に返り咲く。なんと今度は魂が肉体から離れる瞬間の写真撮影に成功したとぶち上げたのだ。
本人によると、末期患者の死に立ち会って撮影を行ったところ、人間は臨終の瞬間、頭の周りに星間エーテルに似た光が出現することを発見したという。この光こそ、肉体から抜けた21グラムの魂ということらしい。

マクドゥーガルの新たな発表は再び非難の的になるかにみえたが、今度ばかりはそれを通り越してしまった。つまり、この主張で彼は完全に「あちら側の人」と認識されてしまったのだ。

「魂は21グラム説の提唱者は私です」by D・マクドゥーガル

ダンカン・マクドゥーガル氏
■ダンカン・マクドゥーガル氏AnonymousUnknown author, Public domain, via Wikimedia Commons

嘘か本当かはさておいて、俗説として一定の定着をみせ、フィクションにも影響を与えてきた魂は21グラム説。
筆者としては、この実験結果が正しいのか、誤りなのかということにはさほど興味はない。また魂に重量があろうとなかろうとどうでもいい。むしろ知りたいのは、なぜ魂の重さを測ることは可能だという考えにマクドゥーガルが至ったか、ということだ。この発想はどこからきたのだろう。魂も臓器と同じように一人ひとりの肉体に宿り、個人を成り立たせる要素と考えたのだろうか。

魂は21グラム説は、このさき別の科学者によって実証されないかぎり、正確な研究結果と認められることはないだろう。けれども、こうした発想そのものは敬服してしまう。

仮に魂に重さがあるとすれば、重力の影響を受けることになる。ふんわりとした物体で、宙に漂う霊的な存在というイメージが覆される。少なくとも地表はたくさんの魂であふれているはずだ。

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