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八雲の幽霊

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八雲の幽霊が出るという噂を聞いたのはつい最近のことだった。
私は大学院で八雲の研究をしていてどうしても解けない問題を抱えていた。だからその話を聞いた時は恐ろしさよりも先に、むしろ幽霊でも良いから八雲に会いたいと感じた。当然、研究室の友人たちからは気味悪がられた。悪い冗談だとその話を切り上げ、幽霊が目撃されたという古いお寺に向かった。

そのお寺は開聴寺という名前だった。夕闇が迫る頃でお寺はもう閉まりかけていた。寺に隣接する住職の住まいのチャイムを鳴らすと、住職の奥さんらしき人が出て来た。単刀直入に八雲の幽霊のことを尋ねると、奥さんは迷惑そうに少し眉を顰め、小声でこう言った。「その件では私どもも大変迷惑しています。日に数人訪ねて来て皆一様に同じことを尋ねます。

断言しますがそんな幽霊などはおりません。私どもも直接見てもおりません。わざわざ御出でいただいて恐れ入りますが・・・」私は少し躊躇ったが、奥さんの様子を慮りそれ以上聞くのはやめた。

私はあてもなく、寺の前に腰掛け項垂れた。奥さんの言葉はそのまま八雲からの返事のようにも感じられた。寺の前の柳の木の枝が風に揺れていた。

その時、ふと、私の隣に初老の老人が腰かけているのに気づいた。たしか、私がこの寺に来た時にはいなかったはずだ。私は背筋に少し冷たいものを感じた。私はその老人の様子を伺った。その老人は私にも聞き取ることが出来ないぐらい小さなささやき声でなにかをつぶやいている。じっと聞いているとそれはどうやら何かお経のようなものだということがわかった。

私はますます気味悪く感じて、その場から立ち去ろうかどうか迷った。その時、私は自分の身体が思うように動かなくなっていることに気づいた。これが金縛りというものだろうか。日が沈み辺りには闇が迫って来ていた。先ほどまで灯っていた灯がいつのまにか消えている。足元の暗がりに目を凝らすと、私の足元に何かが縋り付いている。

驚いたことにそれは赤ん坊だった。そして、気がつくと私は、両手両足に赤ん坊に縋りつかれ、身動きを取れなくなっていた。その赤ん坊はひどく重たくまた冷たかった。

冷や汗が頬を伝い、赤ん坊の頭の上にポタリと落ちた。赤ん坊は顔を上げた。その赤ん坊と目が合った。厳密に言えば目は合わなかった。その赤ん坊には目がなかった。目があるはずの場所に目玉はなくそこはなにやら膜が張ったように薄黄色くなっている。私は瞬間目を背けたかったが身体がいうことを効かない。そのうちにそこには爬虫類のように黄色く濁った膜があることがわかった。私はその顔を一眼見た瞬間に恐怖のあまり目を閉じたかった。思い切り力を込めて瞼を閉じる。するとなんとか閉じることが出来た。

少し時間が経ってから恐る恐るもう一度目を開こうとすると今度は瞼までが重くなり容易には開かなくなっていた。やっとの思いで瞼を開くと、世界に黄色い膜がかかったように見えた。まさかと思ったが、私の目までその赤ん坊と同じように爬虫類の目のようになってしまったようだった。鏡などで自分の目を確かめたわけではないから正確にはどんな目になっているのかはわからなかったが、だいたいそんなものだっただろう。

突然、私の足は震えだし、ガクガクとその震えが止まらなくなった。どうにかしてこの状況を脱したいと焦った。私の心臓は強く打っていた。焦れば焦るほどどうすれば良いのかわからなくなった。

そんな時、老人が私に声をかけた。「取り込み中にすみませんが、私のことを助けてくれませんか?」「助ける?助けてほしいのはこっちの方だ。」私は心の中でそんなことをつぶやきながら、いかにも平静を取り繕い老人に応答しようとした。しかし、声が出なかった。口の動きには問題がない。口はいつものように動くのだが肝心の声が出てこない。掠れているというより音が聞こえない。無音の世界に迷いこんでしまったようだ。

もう一度、今度はいつもより大きな声を出すつもりでやってみたけれど、上手くいかない。息がひゅうひゅうと漏れるばかりだった。老人はもう一度、先ほどよりも少し大きな声で尋ねた。老人の声からは怒りのトーンは感じられなかった。私は残された耳と鼻を使ってなんとか応答を試みたがどうしようもなかった。老人は落胆したようにため息をついた。

「どうやら私が声をかけるのが遅かったようですね。どうぞ、安らかに生きながらえてください。南無阿弥陀仏。」

私はみるみるうちに木に姿を変えました。世界で起こる物事を聞く力と空気を呼吸する力と物を考える力は残しましたが、移動することも話すことも何かを見ることも出来なくなりました。考える力は残っています。こうしている間にもこの世界の木々の総量は少しずつ減っています。

それは人間たちが木を切ったり、自然を破壊したりするからです。人間は自然からあまりに遠くに離れてしまった。それが自分たちの首を絞めていることに気づいていません。私はこれから何年生き続けるのでしょうか?木の命は人間の命より長いのです。私は人間だった時よりも静かな世界に今、住んでいます。

ペンネーム:櫂英人
怖い話公募コンペ参加作品です。もしよければ、評価や感想をお願いします。

※画像はイメージです。

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