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戦国時代に活躍したイタリア人武将「山科勝成」

マイナーな武将を紹介したいと思います。
かつて日本にキリスト教の布教に訪れた武将がいました・・・その名前は山科勝成。正式な名前は「山科羅久呂左衛門勝成」なのですが、彼にはもう一つの名前があったのです。「ロルテス」というイタリア人ことローマ人。

そう彼は海外から移住した戦国武将なのです。
当時は意外に海外からきた武将など多くいたりしました。宣教師の護衛、有名なところでいえば織田信長の「弥助」もその一人だったりします。

目次

海外から訪れた戦国武将

彼の存在は非常にマイナーで、資料は存在してはいるが史料としての信頼性は疑問視される程に低い。生真面目な歴史科学者は「山科勝成」は実在していないと断定して、その存在は正式に否定されています。
しかし宝塚のミュージカルには当たり前の様に登場しており、演目で活躍していたりします。

イタリア人宣教師「オルガンティノ」と共に日本へと来日したマルタ騎士団員「ジョバンニ・ロルテス」という天才軍師の設定がなされ。当時の小牧・長久手の戦いにおける峯城攻略戦において活躍、その才能は諸葛亮をしのぐと言われております。多くの日本の戦場で活躍したと資料が残っているのですが、全て創作の類と不遇は扱いです。

ロルテスの活躍

いくつかの歴史書によれば、ロルテスは多くの戦場で戦略を練っては活躍、日本の戦場で活躍をしていったのです。
文禄元年に、朝臣側に仕え朝鮮出兵へと渡るために軍艦の建造を申請、西洋から調達をした軍船を製造させ、勝成らを派遣したとされています。

その航海の途上で彼の乗る軍艦は難破してしまい、そのまま安南国ことベトナムへと漂着してしまったとされ、ロルテスはそこで生涯を終えたとされております。

彼の最後についても明確な記載は残されていないと、創作の人物の存在として扱われているのが現状ですが、一説には、その後生きており、山田長政と共にタイ王国建国に戦ったと新しい説も生まれていたりします。

はたして彼が実在した人物なのかと、その詳細を今となって走る事は出来ませんが、創作の世界において彼は異国の地で活躍した武将であり、騎士であったとされ、創作心をくすぐる名将の一人であることに変わりはありません。

出来れば実在していたら面白いのですが、その謎は明らかになる日があるのでしょうかね?

※画像はイメージです。

昔はよく戦国映画を見ていたものですが、最近はめっきりと少なくなったなと、感じているライターですが、宜しくお願い致します。

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