東郷平八郎も認めた??李舜臣とは?

韓国の済州島で2018年10月11日に開催された国際観艦式。ここで掲げられた、黄色の地に「帥」の一文字があしらわれた旗が波紋を呼びました。

自衛隊の艦船が掲げる「旭日旗締め出し」の問題から、外務省が韓国側への抗議を行う異例の事態のなりましたが、今回の政治的な意図は一先ず横において、この旗は秀吉の朝鮮出兵時に活躍し、韓国では英雄とされている李舜臣将軍が掲げた旗であるとされています。

この李舜臣のことを東郷平八郎が語ったことがありました。それは日露戦争における日本海海戦で、バルチック艦隊を完膚なきまでに破った東郷が、その後イギリスを訪問した折に、「日本のネルソン」とまで称されて多数の賛辞を受けたことに応えて語ったものでした。

UnknownUnknown author [Public domain], via Wikimedia Commons
その内容は、自分のことをネルソンに例えたり、李舜臣に準えて賞賛を受けるのは非情に光栄ですが、ネルソンはいざ知らず、自分如きは李舜臣の足元には遠くおよばない、としたものでした。あの東郷がここまで認めていたほど、李舜臣は秀でた水軍の指揮官であったことは間違いないようです。

李舜臣は、「亀甲船」と呼ばれた戦闘用の船を用いたとされています。「亀甲船」は、木造の船の上部を鉄板・または堅い板ですっぽりと覆って、敵が乗り移れないように工夫が施されており、さらには船の左右に多数の櫂を取りつけてスピードを出せるようにし、敵に近づくと、これまた多くの銃眼から鉄砲や矢の飛び道具を発射できるようにした軍船でした。

I, PHGCOM [GFDL, CC-BY-SA-3.0 or CC BY-SA 2.5]
さらに船の先端部に竜の頭をあしらい、その口内には大砲も据え付けらていました。15世紀初頭から造られていたものを李舜臣が改良したとされています。これらの船団を使い、巧みな戦術を駆使することで、脇坂安治や九鬼重隆などの日本側の水軍に打撃を与えたとされています。その活躍によって日本側は兵、兵糧、物資の補給に齟齬をきたしたとされています。

ただこの「亀甲船」、たしかにいくつかの書物に登場するのですが、記述がどれも曖昧で実際の形がどのような船であったかはっきりとしておらず、存在したのかもわからない船なのです。

そこに李舜臣行録という書物にかかれた文章を基にした想像の産物であり、それを基に復元してみると浮くことすら出来ない代物でありました。


Writing by S&W M459

※写真はイメージです。

最新情報をチェックしよう!