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「友達100人できるかな?」の都市伝説を考える

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童謡の『一年生になったら』をご存知だろか。

歌詞は、小学校入学を控えた幼稚園(保育園)児と思しき者の一人称で語られる。
内容は、小学生に上がった後の生活に関するもので、「100人の友人が出来るであろうか、そうあって欲しい」という意味の願望が繰り返される。
そして、その友人達と行いたい事として、1番では「100人で富士山に登り、おにぎりを食べたい」と続く。2番は「100人で日本中を走り回る」、3番は「100人出世界を震わせて笑う」となる。

当然、友人100人と本人を足せば101人である。
それなのに、何故100人であるか。
これについて、ツッコミの文脈で語られやすいが、都市伝説として説明が付くパターンも多い。

目次

戦中説

戦中説というのが、よく知られる説の1つである。

すなわち、児童死亡率の高い、戦時中の歌だった、という事である。
入学時に100人の友人を作ったとしても、富士登山に行く段階では、間引きや栄養欠乏、空襲、さもなくば疎開などの影響で欠ける可能性がある。
減る人数がゼロとなる事は、一億玉砕の精神に反する非国民的発想のため、できる限り少ない1名に留める。
そして、残りの99名の朋友と力を合わせ、大業を成し遂げたいという高い志を示しているというのだ。

確かに、

  • 1番の富士山(日本の象徴)
  • 2番の日本中をかけっこ(兵役に耐える肉体)
  • 3番の世界中を震わせて笑う(大東亜共栄圏により、アジア諸国の植民地支配を終焉させ、欧米列強以外の子供達も笑える世界を作る)

と話は繋がる。

だが、残念ながら、これらは事実誤認に基づくと言わざるを得ない。
国民生活に影響が出るような「戦時中」は第二次大戦以降だ。その時、大日本帝国の1番高い山は、新高山(現:玉山)で、富士山ではない。

あまつさえ、『一年生になったら』は、1966年発表である。
『文藝春秋』『経済白書』に、「もはや戦後ではない」と記された1956年から10年が過ぎ、高度経済成長只中である。

作詞者である、まど・みちお氏自体は戦前生まれであるが、戦争の時代を超えたからこそ、平和への思いは強いだろう。
戦争の世相を戦後の歌に織り込む動機は乏しい。

公害説

ならば、公害で子供が欠けたと考えたらどうだろう。
高度経済成長期は、公害華やかなりし時期だ。少し暑い日になると、町内放送で光化学スモッグ警報が流れたのは、昭和の子供あるあるだろう。そして、幼稚園のスモックと、大気汚染のスモッグが混同するのも定番だ。
1966年近辺と言えば、1959年に四日市ぜんそく、1965年に新潟で第二水俣病などが話題に上がっている。
身体が未熟な子供が、特に強く公害の被害を受けたのは間違いない。命があったとしても、富士山の登頂は困難だろう。

ただ、どちらかというと、この時代は経済成長の明るさも語られ、混沌としたエネルギーに溢れていたという側面もある。
1964年に東京オリンピックがあり、歌詞はメロディーを含め

  • 1番の富士山(日本開催)
  • 2番の日本中をかけっこ(スポーツの祭典)
  • 3番の世界中を震わせて笑う(世界は1つ ※東京五輪スローガン)

このように、明るい世相やオリンピックを連想出来るものばかりである。
これは、友達は死んでいないと考えるべきだろう。
何でも暗い方にすれば都市伝説になるというものではない。トトロは死神ではないし、サザエさん一家は海に還らない。

幼児学力説

「死んでいる」説を排除した時、浮かび上がる仮説は次のようなものだ。

1つは、文部省唱歌のため、まだ「101」を教えてはならなかった可能性である。
教えた事以外を使う子供に対し、ある種の教師が激しい憎しみを抱き、暴言、人格否定、晒し、低評価、ボッシュートなど、あらゆる攻撃を仕掛けるのは周知の事だ。
だが、この説は、当曲が別に文部省唱歌ではない、という一点で否定される。
文部省唱歌は、戦中の教科書に掲載された曲の通称で、戦後曲の入り込む余地はなく、そもそも小学校に上がる前の子供の曲だ。

ただ、この考えは別の仮説、「学力説」を生む。
話者が幼稚園児だった場合、そもそも「100」を本当の意味で知っていただろうか。
つまり、数字の並びとは知らなかったのではないか。
何か大きな数の象徴として「100」を出しただけで、1からカウントしていく事は出来ず、「101」も知らない。

つまり「たくさん」のつもりで使っている可能性がある。「たくさん」には、何を足しても「たくさん」だ。

学力説の場合、国語面からも解釈可能だ。
日本語で難しいものの1つが助詞の扱いで、幼稚園児が間違えても何の違和感もない。
歌詞が日本語を間違えるのは、珍しい事ではない。サザン・オールスターズの雰囲気文語は有名だし、大ヒット曲『お座敷小唄』の「雪に変わりはないじゃなし」に違和感を持たない者もなくはないだろう。
そう。この話は、幼児の可愛い助詞の間違いと解釈し、それを直せばたちどころに矛盾がなくなる。

すなわち
「百人で食べたいな」「百人と食べたいな」
これである。

オカルト説

ここまででも概ね結論に出来るが、勘違いや言い間違いというのも、少々恣意的で野暮ではある。
恣意をもう少し伸ばして、オカルト説に繋げてしまおう。
結論から言おう。
語り手の友人に、座敷童子が混じっているなら、歌詞は成立する。

座敷童子は通学しない?
それは、この説を否定しない。
私たちは1つ考え違いをしている。
この歌における「友達100人」とは、小学校「入学後」に出来る友達だけではない。

つまり、この100人は、入学前の友達と「合わせて」100人を意味する。

入学後100人がプラスされると、富士山行きは103人とか104人にならないと成り立たない。
入学前の友達を排除するのは不自然だ。入学前からの友達と同じ小学校になるのは、珍しい事ではない。
友達が全くいない可能性もあるが、そういう人間は、まず「友達出来るかな」と不安になるだけだ。「大きな人数」への期待は抱かない。
100人加算より、足した結果の100人と考えた方が、ずっと無理がない。
そして、ここに座敷童子も含まれる。

語り手は、いつも遊んでいたメンバーの中に、座敷童子が混じっている事に気付いている。
遊んでいるし、友達なのだが、親は彼を認識せず、ジュースも1人分少なく出す。
家から遠く離れると、遊ぶ事が出来ない。富士登山には当然行けない。
座敷童子は複数人のパターンもあるが、1人の方がスタンダードだろう。
これで、富士登山メンバーは歌い手と友達99人で、100人ピッタリになる。

これは仲間はずれではない。座敷童子の能力を理解した上での扱いだ。
そして語り手は、危険も伴う富士に登り、日本を駈け、世界に笑いかけながら、家に帰り、自分が成した事を座敷童子に語るのだ。
帰りを待つ者がいるからこそ、外に出られる。
世界が広がる小学校に上がる時の歌として、適切な歌詞と言えるだろう。

※画像はイメージです。

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