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屋敷の池には秘密があった。水墓に誘われ、鯉の餌食となるさだめの一族

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私の知人の長部くんが父親の田舎で体験した話です。

長部くんが中1の時、祖父の訃報が舞い込みました。
いくら疎遠にしていたとはいえ実の息子が葬儀を欠席するわけにいかず、両親と長部くんはただちに田舎へ帰ります。

生まれて初めて父の故郷を訪れた長部くんは、祖父母が住む立派な日本家屋にびっくりしたそうです。

平屋建ての広壮な屋敷は美しい日本庭園に面しており、なんと池まであります。
覗き込んでみたところ何もおらず、がっかりする長部くんに父親が付け加えました。

「じいちゃんはこの池に浮かんでたんだそうだ」

祖父の死因は溺死でした。
発見時には全身が水を吸い、青黒くむくんでいたと聞かされています。

「それって自殺?」

次の瞬間、無神経な質問を悔やみました。案の定、父は息子の問いに黙り込みます。

「わからん。だが滅多なことはいうなよ、おばあちゃんがショックを受けるからな」

連れ合いに先立たれた祖母は、長部くん一家を温かく迎えてくれました。
父は長年の不義理を詫びて最前列に座ります。

両親と並んで座った長部くんは、祖父の奇妙な亡くなり方が気になりました。
葬式で会った親戚は、認知症を患い徘徊していたのではと噂しています。
僧侶が読経を上げている時、祖父母の近所に住んでいる老婆が唐突に言いました。

「あん人は水墓に招かれたんじゃ」

長部くんはえっ、と思いました。
しかし葬儀中なので詳しく聞けません。そもそも人見知りなので、赤の他人の老婆に話しかけるのは敷居が高いです。

聞き間違いだったのだろうか……。
葬式後、自分の耳を疑いながら庭を歩いていた時に水音を聞きました。釣られて向き直ると池の畔が濡れています。魚が這い上がろうとしたかのようでした。

水たまりができているのは祖父が死亡していたのと同じ場所でした。

恐怖に凍り付いて立ち尽くす長部くんの視線の先、池に水紋が広がっていきます。
刹那、池の真ん中で魚が跳ねました。それは今しがた遺影で見た、祖父の顔をした鯉でした。

長部くんは戦慄して母屋に駆け戻りました。
人面魚を見たなんて両親に訴えた所で信じてもらえるはずがないと諦めます。
彼の父親は厳しい人なので、祖父の葬式の日に人名魚を目撃したなどと騒ぎ立てたら不謹慎だと拳骨を落とされるのは確実でした。

「せっかくきたんだからゆっくりしていきなさい」

祖母はそういって床を整えてくれ、長部くんは早々に布団にもぐりこんだのだそうです。ちなみに両親と寝室は別でした。思春期の男の子なので、祖母が気を遣ってくれたのでしょうか。

長部くんが次に目を開けると、そこは池の上でした。彼はパジャマに裸足で水面に立っています。何故浮かんでいるだろうと不思議がって視線を落とし、ぎょっとしました。長部くんは墓石の上に立っていたのです。
池に沈んだ長方形の墓石の周囲には、夥しい鯉が群がっていました。肉厚の唇をぱくぱく貪欲に開閉し、澱んだ目でこちらを見詰めています。

そういえば、鯉って雑食だっけ……。

何百匹も集まってきた鯉の群れを見下ろし、凄まじい悪寒が襲いました。
鯉たちは物欲しげに口を開閉しています。もし池に落ちたらただじゃすまないと理解しました。

どうにかして岸に着かなければ。でもどうやって。

パニックに陥る寸前、長部くんは気付きました。池に沈んだ墓石は一基ではありません、他に何個もあります。まるで飛び石の如く、平たい頂上だけを見せて連なっていたのです。

そうだ、墓石を踏んで池を渡ればいいんだ。

もし長部くんが素面だったら罰当たりな、と抵抗を示したかもしれません。ですがこの時は脳裏に靄がかかり、正常な思考ができなくなっていました。
長部くんは覚悟を決めて跳躍しました。

「往け」
「飛べ」
「我々を踏め」

ぱくぱくと喘ぐ鯉の口から男の声がけしかけます。きっと幻聴だと、気も狂いそうになりながら自分に言い聞かせました。
墓石から墓石へ飛び移る長部くんの周りでは、鯉たちが貪婪な目を鈍く光らせ、餌食が落ちてくるのを待ち侘びます。

長部くんは順調に池を渡っていたのですが……もう少しで岸に到達する寸前、足が滑りました。

「うわあっ!」

大きな水柱を上げて池に没した長部くんに、この瞬間を待っていたとばかり鯉たちが襲いかかりました。
長部くんの顔へ腕へ腹へ足へ吸い付く鯉の瞳は、底知れない虚無を湛えています。

直後に目が覚めました。敷布団は寝汗でびっしょりでした。

今の夢はなんだったんだと訝しがる長部くんは、自分が横たわる布団を濡らすのが、ただの汗じゃない事実に気付きました。
それは水でした。長部くんの布団から畳へ、さらには縁側を抜けて庭へと濡れた筋が曳かれています。

反射的に跳ね起き、裸足のまま庭へ駆け下りた長部くんは、池のほとりにたたずむ黒い影と出会います。祖父の霊でした。

祖父は虚ろな目で孫を見据え、一言だけ告げたといいます。

「水墓を踏むな。そんな罰当たりな足は、鯉に食われてしまうぞ」

祖父の指摘で我に返った長部くんは、自分の足裏が濡れているのに青ざめました。

翌朝……朝日が上るのを待ち、この出来事を祖母と両親に話しました。
自分一人の胸の内に抱えておくには、あまりに恐ろしすぎて重すぎたのです。

すると祖母と父は顔を見合わせ、いかにも憂鬱そうな面持ちで庭の池に纏わる言い伝えを教えてくれました。

父の先祖は村一番の庄屋でした。
彼は金持ちの道楽で鯉の養殖に傾倒し、この世で一番美しい品種を生み出そうと努力します。

「ご先祖様は見事な鯉を育てるには水が大事とこだわり、長寿の効果がある山の水を引いてこいと、村人に無理難題をふっかけたんだ」

庄屋様の命令に使用人は逆らえず、山の水を汲んで池に運ぶ重労働に就きます。
しかし日頃からろくに食べてないのが祟り、山を上り下りする道中で何人も行き倒れました。

以来、父の実家の池に異変が起きます。死期が迫った者が覗き込むと、水面越しに墓石が見えるというのがそれでした。

「うちの一族の時折変な夢を見る。池の上に立ってる夢だ。足は墓を踏ん付けている。周りには鯉が群がって、連中が人の声で囁くんだ。助かりたければ我々を踏んで岸を目指せ、と」

父の話を聞いた長部くんはおぞましい妄想を膨らませました。
仮に認知症の祖父が自分と同じ夢にうなされ、寝ぼけた状態で池を渡ろうとしたのなら……。

どうしてそんな危ない池をほうっておくんだと咎めれば、祖母と父はうちひしがれ、埋め立てたら祟りが起こるのだと告白しました。

「ご先祖様が飼ってた鯉は皆死んじまった。あの池には何もいない、はずだ」

父の実家に帰った長部くんは、先祖を恨む亡霊の祟りを受けたのでしょうか?
非業の死を遂げた祖父は鯉に生まれ変わり、あの世とこの世の境の池を泳いでいるのでしょうか。

ペンネーム:たみ
怖い話公募コンペ参加作品です。もしよければ、評価や感想をお願いします。

※画像はイメージです。

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