太平洋戦争で日本軍を代表する戦闘機と言える零戦、終戦まで日本海軍の主力戦闘機であった零戦は様々な型が作られました。
量産出来た最後の型が六二型です。
零戦の派生型
1940年(昭和15年)に正式採用された零戦は陸上基地で運用された一一型に始まり、空母での運用が始まった二一型・速度向上を図った三二型・三二型の問題とされた短くなった航続距離を伸ばした二二型・速度や武装に防弾の強化などを従来の零戦より向上させた五二型が開発されました。
太平洋戦争の後半から登場した五二型は武装と防弾強化を更に行った甲型・乙型・丙型が開発される。どれも戦闘機として強敵の米軍戦闘機や爆撃機に対抗する為に零戦五二型は強化された。
そうした戦闘機としての性能を向上させる開発を続けて来た零戦でしたが最後の量産型となる零戦六二型は爆撃機としての能力を持たせる型となった。

零戦の戦闘爆撃機化
1944年(昭和19年)6月のマリアナ沖海戦で零戦に爆弾を搭載する「戦爆」が登場した。これは零戦を艦上爆撃機のような爆撃機として使い、爆弾投下後は戦闘機として戦い帰還する構想で後の神風特攻隊とは違う。
戦爆が登場したのは新型艦上爆撃機「彗星」や新型艦上攻撃機「天山」を発艦できる飛行甲板の長さ足りない空母があった為です。米軍が装備した空母用のカタパルトを開発できなかった日本海軍は艦上機の大型化に空母が合わなくなる状況が発生した。
それでも空母から攻撃隊を出撃させる苦肉の策として戦爆が発案されたのです。また戦争の長期化でパイロットを多く失っていた日本海軍にとっては1機に2人乗りまたは3人乗りの艦上爆撃機や艦上攻撃機のパイロットを揃えて訓練するよりも、1人乗りの零戦を爆撃機化する方が早く戦力化しやすい点もあった、
零戦六二型に爆撃機の能力が与えられたのはそうした零戦の戦い方に変化があった為です。

零戦六二型の特徴
零戦はそもそも主翼に60kg爆弾を主翼に2発搭載するぐらいしか爆弾を搭載できる様にはなっていません。戦爆となった零戦二一型は250kg爆弾を搭載する為に胴体下部に爆弾を装着する懸垂架を付けるなど改造がなされた。
この二一型による改造は戦場での必要から行われた急場の改造であり、零戦六二型は戦爆として最初から使用できる機体として作られた。
六二型は爆撃の為の急降下に耐えるように尾翼や胴体下部など内部構造を強化され、主翼にはロケット弾を搭載できる装置も備えられた。こうして作られた零戦六二型は太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)2月から150機程生産されたとされている。しかし終戦が近い時期に戦爆として活躍できる機会は無かった。



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