おばあちゃんの匂い

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長く続いた雨がようやくあがり、久しぶりに晴れた春の朝。
やわらかな日差しが気持ちよく洗濯日和だったので何度も洗濯機をまわし、シーツもタオルも、すべてを外に干してやろうと張り切っていました。

空を見上げると、雲の切れ間から光がこぼれ、空気まで新しく生まれ変わったよう。
気分まで晴れていく、そう思った矢先、ふと、忘れられたない匂いが肩口をかすめドキリとしました。

それは二年前に亡くなったおばあちゃんの匂い。
古い着物と薬が混ざった、あの独特の香りです。

思わず振り返ったのですが、そこには誰もいません。
ただ洗濯物が揺れているだけ。

目次

おばあちゃんの存在

おばあちゃんはつねに冷静で、どんなに家族が衝突しても、ただ一人、落ち着いて私たちをなだめてくれた。
あの人の声が響くと、家の空気がやわらいだ。

特に私と母の確執を案じ、母が怒鳴り、私が反発するたびに間に入ってくれました。
それでも、時には厳しく叱られもしました。
「母親も人間なんだから、少しは受け止めなさい」と。
優しさと厳しさ、どちらも持ち合わせた人でした。

亡くなる直前のおばあちゃんは、入院した病院で延命治療を受けて痩せ細り、もう声も出せないほどに弱ってしまい、その姿を見るのが怖くてお見舞いに行かず、すこし後悔をしました。

葬儀のあとも母と口論になったのですが、いままで間に入って取り持ってくれたおばあちゃんはもういません。
何年も経った今でも、蟠りがのこっています。

だからこそ、香りを感じた瞬間、懐かしさよりも、心の奥が冷たくなるような感覚が走りました。
まるで祖母が、「見ているよ、いつまで母と争うの」と静かに問うているようでした。

夜になり、久しぶりにおばあちゃんの部屋へ行って線香をあげました。
もう祖母はいない、でも、茶箪笥の上の古い写真は、あの頃と同じ微笑みでこちらを見ています。
その夜は不思議とよく眠れたのを覚えています。

母との終わらないケンカ

数日後、些細なことで母と激しい口論になりました。
すると、あの香りがまた漂ったような気がします。最初は気のせいだと思いましたが、確かに匂いを感じるのです。

そこに耳元で誰かが囁いた。

「そんなでは、だめだよ」

思わず言葉を失って立ちすくむと、母も何かを感じ取ったのか無言で部屋を出て行きました。
残された私は胸が詰まり涙があふれ、張りつめていた心の糸が切れたように、泣き崩れてしまった。

母との確執はますます広がるばかりだ。

あの日から

理由は解りませんが匂いを感じることが増え、何の気なしにインターネットで調べてみると、亡くなった人が姿ではなく香りとして現れる現象を「芳香現象」と呼ぶそうです。

スピリチュアルな見方では“愛する者を見守る印”、科学では“脳が記憶を再生した幻臭”とされています。
どちらであっても、あの香りは確かに“生きていたころの祖母”そのものでした。

慰めなのか、警告なのか、答えはわからない。けれど、あの香りが私の心に問いを残したのは確かです。
祖母は心配で仕方がなく、この家の空気の中で静かに見守っている。

もうすこし、少しずつでも、母に歩み寄っていく努力をしよう。
そんな風に思えて仕方がないのです。

心配をかけてごめんね、おばあちゃん。

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