軍隊を廃止した後で誕生した警察予備隊

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太平洋戦争の敗戦により日本は帝国陸海軍は解体され新たな憲法で軍備を放棄しましたが、朝鮮戦争を機会に新たな軍事組織となる警察予備隊が発足します。

目次

戦後5年目の日本

1945年(昭和20年)の太平洋戦争敗戦と連合国軍による占領で日本の帝国陸海軍は武装解除され解体された。日本国憲法による戦力不保持の制定もあり日本は治安を守る警察と1948年(昭和23年)に発足した海上保安庁だけが武装した組織として存在していた。

しかし1950年(昭和25年)に朝鮮戦争が勃発すると状況は変わります。日本に駐屯している米軍部隊が朝鮮半島の戦場へ出動する事になり日本は軍事力が無い空白地帯になろうとしていた。日本を占領するGHQ(連合国最高司令官司令部)はこの空白を突いて武装した共産主義者がソ連から侵入または日本で武装蜂起するのを怖れた。

既にベルリン封鎖が起きるなど米ソ冷戦の緊張状態が始まり、GHQも日本が独自に防衛力を持つべきだと思うようになっていた。当時の日本政府の吉田茂首相は戦後5年で復興の途上にあり軍備を整える余裕は無く国民の同意は得られないと否定的だった。

警察予備隊発足

日本政府が乗り気で無くても朝鮮戦争が勃発して10日後に連合国軍最高司令官のマッカーサー元帥は8000人の海上保安庁増員と7万5000人の警察予備隊の創設を指令した。
この警察予備隊という組織名は日本の軍隊が復活する事に反対する国内外の意識への配慮もあったが、GHQも警察予備隊の役目を暴動などに備えるとしていて、軍警察に等しい組織であった。1950年当時の東アジアで日本へ戦闘部隊を上陸させる能力を持つ国は無く、ゲリラの破壊活動や暴動による治安悪化が現実的な危機だったと言える。
こうした背景から警察予備隊は発足する。

警察予備隊を巡る旧軍人の活動

かつての陸海軍将校は終戦後に軍が解体されてもまた再建されるであろうと考え活動をしていました。旧海軍ではY委員会が米海軍と関係を持ち後の海上自衛隊創設へ繋げた。旧陸軍では関東軍参謀や陸軍参謀本部作戦課長を務めた服部卓四郎がGHQ参謀第2部の部長であるチャールズ・ウィロビーの信用を得て日本再軍備の研究を行っていた。
この研究を行う服部機関が旧陸軍の軍人を集め、服部は警察予備隊の幕僚長の候補となったがGHQ民政局や吉田茂首相などの反対で実現しなかった。

かつて戦争拡大と破滅的な敗戦へと日を導いた陸軍上層部の元将校を警察予備隊に入れる事に吉田達は反対したのです。こうした事情もあり公職追放されている旧軍将校の入隊を認めないまま警察予備隊は隊員が集まっても指揮官が居ない状態で発足となるのです。

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