「機動戦士ガンダム」シリーズの中でも「原点(原典)」となる事から、最も多くの作品を生み出し「一大歴史絵巻」としての一面も持ち合わせるようになったのが「宇宙世紀(U.C.)」の世界です。
それは「モビルスーツという画期的な兵器」と「生存圏を宇宙へ拡大した人類」の織り為す「争乱の歴史」とも言えるもので、主たる争乱を扱ったと言える「機動戦士ガンダム」「~Z」「~ZZ」「~逆襲のシャア」までの4作品を取り上げても(作品の都合という要素はあるものの)わずか15年の内に四度、宇宙に進出した人類が存亡の危機を掛けた大規模な戦乱を行ったとされます。
ここまで大規模な戦乱が「継続的」に行われるには、欠かせない主力兵器となった「モビルスーツ」の存在もさる事ながら、それらを運用する為の大小様々な機械的・人的物資の各種、宇宙という困難にして巨大な環境を克服する流通、研究開発に掛けられるあらゆるコスト等々…といった具合に、人類社会がシステマティックに「全力を挙げて一定の方向へ」動かねばおよそ為し得ないと言えるような「力」が蠢いた結果であると考えられるのです。
果たしてその「力」の根源となっているものが何なのか、今回は「人の心を掴んで動かす」ものである「政治哲学」に目を向けて、この壮大な「物語」を追い掛けてみたいと思います。
ちょっと「歴史学っぽい」視点として「前提」のお話
「機動戦士ガンダム」シリーズは、45年を越えて今なお展開し続けるシリーズであり「宇宙世紀」を舞台とする作品に限っても多岐に渡る展開が為されています。
この為一連の作品群が時系列に沿って展開されるとは限らず、後発の作品が「今まで語られて来なかった歴史を語る」ような状況となる事も珍しくありません。
こうした状況について、版元である「サンライズ」や原作者「富野由悠季」氏からは「どれが明確な正史であるという立場は取らない」という事を表明されています。
そこで本稿は「なるべく一般的な整合性があると筆者が判断した」立場として、シリーズ初期の展開である「機動戦士ガンダム」から「~逆襲のシャア」までの作品を「主たる軸」として見た上での「宇宙世紀初期から0093頃」へ視点を向ける事と提起します。
これは「制作上の意図」として、ある程度の思考連続性が担保される「現実側の観点」を踏まえると共に、その前提を経る事で「物語上の整合性」も一定期待されると考えたものです。
この場合後年の作品である「機動戦士ガンダムUC」が物語る「宇宙世紀0001に発生した事件の顛末」という「歴史」を始め、幾つかの「制作年代が前後する作品で描かれた歴史」をどう扱うかという議論が浮上します。
これらの扱いについては、本稿の目標として「まずは現実の時系列と順序に沿って足掛かりを作る事を目指し、情報を絞り込む」事を目指すものとして「基本的には除外」させて頂いた上で「こういった視点があったかもしれない」というような補足的資料(物語的には歴史的傍証)として例外的に扱う具合に留めるものと致します。
「80年の鬱積」を作り上げたものとは何だったのか
「機動戦士ガンダム」以降、その世界観を構築する「軸」としての存在感を確かなものとした「宇宙世紀(Universal Century=U.C.)」は、正確な時代背景こそ定かではないものの、人類が何らかの理由…差し迫った人口問題に端を発する環境・食料等の問題に対する「抜本的回答」としての「宇宙への移民」という有史以来の巨大事業を推進すべく「地球連邦(政府)」という統合組織を成立させ、宇宙へと一歩踏み出した所が「改暦の起点」であると考えられています。
「機動戦士ガンダム」から始まる「物語」においては、この「0079以前」に当たる「歴史」が多く語られる事はありません。
とは言え、その80年足らずという長い期間に渡り人類史が沈黙していたという訳ではなく、そこまでの間に「宇宙世紀」の世界の基礎となる「月都市の形成」「月のラグランジュ帯に小惑星やスペースコロニーによる多数の居住可能領域を開発」「宇宙への大規模移民」という大事業が「安定化」する段階にまで達しているという、現代の観点から考えれば驚異的と言える発展を遂げている事が物語上の背景描写等から推測されます。
「0079」の時点でこの「宇宙への移民」が開始より「半世紀」とされている為、遅くとも「0020」年代末までには「地球と宇宙への往来」及び「宇宙空間での定住」が一般化されていたと考えられますが、現代の観点からこの状況を考えた場合、最低限クリアすべき問題となる「再利用可能な宇宙との往来を可能にする施設」すら覚束無い状況と言え、どれだけの時間を掛ければ可能かという事も「不可能に近い未知数」と言うべき状況です。
これは技術的な問題と言うよりも政治的な状況が最大の障壁になっていると言える部分で、現実では地球上が複数の国家及び自治組織によって分裂しており、その利害関係が「国家間」や「イデオロギー間」で明示的に衝突してしまう為、宇宙開発もまた国家レベルで研究開発・管理・運営が為されなければならないという「狭さ」が生じるものになっています。
地球連邦政府の存在
「機動戦士ガンダム」の世界では、地球上は「地球連邦政府」という、少なくとも「公的な法執行・行政を担う」統治機関を成立させた事で、地政学的リスクが一端消滅する事となり、宇宙開発のような「人類規模」の超巨大インフラを「執行・管理・運営」出来る体制が形作られると共に、こうした巨大な計画に「実現可能性という価値」を付与する事が出来たと考えられます。
「宇宙世紀への改暦」という出来事も「地球連邦」の存在を背景としなくてはならない事…例えば日本の「元号」のように独自の暦法を用いる国が存在するといった理由から、その成立は「宇宙世紀への改暦(0001)以前」であるという事になり、少なくとも「宇宙への移民が解決を迫られる問題として残したまま」紛争の根絶と長期に渡る平穏と拡充の時期を持ち得たと考えられます。
これは逆説的に「万が一地球連邦が統治に失敗した」ケースを想定すると、武力紛争の頻発等によって宇宙への進出が為し得ないばかりか「紛争の頻発等を理由とする経済の縮退によって人口減少」等と言うシナリオも考えられ、その場合「結果的に宇宙への進出が必要無くなった」という最悪の停滞も起こり得る事が考えられます。
よって、ここでは少なくとも「地球連邦政府は平和的に宇宙進出への賛同を得られた」という経過が考えられ、そこから「一年戦争」において「人類の半数が死滅した」事を「人類は己の行いに恐怖した」と説明される程度には「それが空前の被害であった=それ以前にそこまでの被害は出していない」という理屈が成り立つものと推測します。
この「安定」はかなり強固なものと考えられ、いわゆる「武力闘争・紛争」の類いを行う勢力は「ほぼ完全に根絶」されていたと考えられます。
これは地球連邦政府の存在において核心となる「宇宙への移民」が表面上滞りなく進んだと見られる事実から、その要衝となる「宇宙港」等の基幹インフラが「何らかの攻撃を受けて停滞する」という事が無かったのであろうと推測されます。
宇宙へ
「宇宙世紀」の世界で地球上から宇宙へ上がるには「マスドライバー」と呼ばれる加速用施設を用いるか「HLV」と呼ばれる重量物打ち上げ用ロケット等を用いるといった、いずれも「大型のインフラ」を利用する事が一般的とされます。
これらは万が一破壊されるとその修繕に多大な期間とコストが要求されるもので、頻繁に破壊されるようでは当然宇宙計画に甚大な支障を来す事となります。
その為「攻撃者」がいたとすれば「格好の標的」である事は言うまでもなく、しかもなまじ規模が大きい故に恒常的なテロリズム等にさらされてしまえば守り切る事は非常に難しいものであったと推測されます。
よって、こういった公的な巨大インフラがソフト・ハード両面から攻撃にさらされた事がほぼ無かったという非常に安定した時代を地球連邦政府が形成し、少なくとも「宇宙世紀0001から0030頃」まで、長ければ更に20年程の年限に渡って「安定的な政権運営」を為し得ていたという事が考えられます。
これが強権的な弾圧政治に拠るものだったかどうかという事については「後年の地球連邦政府」の在り方からすると有り得るものとも考えられますが、同時に「差し迫った人口問題」という強力な大義名分の存在は誰もが一定首肯せざるを得ないものとして影を落していたという事も考える必要があると言えるでしょう。
後年「地球連邦政府の腐敗」と「宇宙へ移民した人々が地球へ募らせた感情」という積年の火種を形成した原因もまたこの段階にあったと考えられます。
その原因とは「宇宙移民が上手く行き過ぎた」という事…即ち数十億規模という人口を、宇宙という正しく「無限のフロンティア」へと送り出し、しかもそれが如何なる批判や反対勢力も全て(ともすればほとんど黙殺されるレベルだったかもしれません)ねじ伏せて「輝かしい成功」を収めたというのであれば、大なり小なり「特権」が芽生える事は人間社会の必然というものでしょう。
宇宙へ送り出された民
一方、宇宙へ送り出された側は、当初こそ新天地の開拓という「輝かしい目標」に邁進する「開拓者」としての役割に背を押されていた…かもしれませんが、あまりに急進的な進出であった事に加え、宇宙という「人類がそのまま生まれ落ちる事は許さない」環境を前に帰る事も許されず、絶望的な環境を開拓し続けなければ死に絶えるしかないという「事実上の棄民」であるという立場に追い遣られたと突き付けられる事になったと考えられます。
この辺りの「移民第一世代の状況」や「開拓の進展」というものを推し量る為の情報、例えばコロニー内部の歴史等といった話題はその多くが断片的なもので、正確な実態を推し量るに十分とは言い難いかもしれません。
ただ「宇宙世紀0001~0079」という「およそ80年」の期間。人間の平均寿命が大きく変化していないと仮定して1~2世代、生産人口の年齢層をおよそ「3~40年」として考えると3世代前後と数えられる「宇宙で生まれ育った人々(=スペースノイド)」がコロニーの「運営・保守・拡充」を重ねて行った事、その過程で「小惑星を後付けした」ものであったり「役割を終えた(果たせなかった)」コロニーの存在などが示唆されています。
そこから考えると「移民第一世代後期」、ミノフスキー物理学が表舞台に現れたとされ、宇宙用建築作業補機としてモビルスーツの原型とされる工作機械が普及を始める「宇宙世紀0040~0050」辺りまでの移民達は「総出で生きる為にコロニーを維持する」必要性に迫られていたのではないかと考えられます。
こうなると政治的問題を考える余裕が無い事から、地球との間で「数十年分の格差」を余儀なくされ、地球と宇宙との環境的ギャップが存在しながら、地球からの政治的サービス提供を受けなければならないという「構造的問題」が生じていった事が指摘されます。
更に、制度的にこの「構造」を補強してしまったのが、一度宇宙へ上がってしまうと地球へと再移住する事が事実上不可能とされる措置の存在です。
本来的にこの制度は宇宙への移住が「人口問題の解決策」であった事から、再度地球上の人口が「宇宙からの移住」によって増加してしまう事への逆止弁的な目的があったとは考えられますが、これが「地球と宇宙の人類を分断する」という「構造的問題」に拍車を掛けてしまったという要素は否定出来ない部分だと考えられます。
これらの「構造的問題」から発する地球と宇宙の人類に横たわる齟齬を現わしている「かもしれない」状況と考えられるのが「宇宙世紀の年限が地球の公転周期で数えられている」という点です。
人類が長らくそれを使い続けてきたからという理由は成り立つものですが、一方でコロニーという環境においてその感覚が「正しい」ものなのかという所に広く疑義が生じていないのは、ともすれば「根深い」問題を現わしている一つの要素なのかもしれません。
10年余りの災禍「0093頃」に至る歴史を俯瞰
第一世代から第二世代へ、宇宙へ進出した移民達が世代交代を確かなものとしていったであろう「宇宙世紀0040~0050頃」は、言い換えれば「地球を知らない世代」が「社会の中核を担う世代」となっていく段階と考えられます。
前世代が地球に対する「望郷の念」等の感慨を抱え、或いは鬱積していく思いを次の世代へ聞かせ続けていた事もあったかもしれません。それを「地球を知らない世代」がどのように受け取ったかという事について、一つ「社会が強烈な反応を示した」事例と言えるのが「ジオン・ズム・ダイクン」による「ジオニズムの台頭」という事になります。
「ジオニズム」とは、その語源である「ジオン・ズム・ダイクン」その人が地球の穏健派政治家として活動していた際の宗旨である「コントリズム」…宇宙へ進出した人々は既に「自立自存」を可能としており、地球連邦政府からの「庇護」は最早不要であるとして対等な自治権を認めるべきであるとする主義主張を出発点とするもので、これが「エレズム」。地球を「聖地」として保全すべきであるという、宇宙移民政策の方向性が宗教色を帯びたと言える主義主張と、ダイクンの主張である「人類は全て地球から離れて自活する段階へと達している」という趣旨が混ざり合う形で形成されたものであるとされます。
地球連邦評議会議員であった「ジオン・ズム・ダイクン」は「コントリズム」を同評議会において提唱するも、この時期の地球は移民計画が「上手く行き過ぎていた」と言える状況。既に宇宙へ送り出した人口が地球に残った人口よりも多い状況となっていたらしく、資源に加え経済力や生産力も多くが地球外へと移り、それに依存する形となっていたとされ、政治的支配圏を手放す事が出来なかった評議会とは完全な物別れに終わったとされます。
そこでダイクンは「コントリズム」を自ら証明すべく地球を出奔しコロニーへと移住、その行動力と政治的手腕によって地球から最も遠い「サイド3」の自活を達成させ「ジオン共和国」を樹立するに至りました。
しかしこの「目覚ましい成功例」は、たった一人のカリスマが(ザビ家という強力な基盤を背景にしたとは言え)わずか10年で地球連邦政府と直接的に渡り合える「脅威」を作り上げてしまった。
状況として連邦評議会の猜疑心と敵愾心を強烈に刺激してしまい、一方のジオン共和国ではこの「成功」が国家としての自尊心を大いに盛り立て、地球連邦に対する敵愾心を煽り立ててしまう事で、両陣営の対立が決定的なものとなりました。
宇宙から地球人類に向けられる心情
特に宇宙から地球人類に向けられる心情は、地球を「聖地」として特別視する「エレズム」を思想の根底としつつ、移民第一世代からの「果たされる事の無い望郷の念」を「遺志」として「怨嗟と義憤」のような形に補強をしていく形で変貌していった事が示唆されます。
これは背景に「宇宙への移民政策」が「短期間で大きな成果」を「上げてしまった」と言うべき状況。地球の人口が早々と「適正化」を果たしてしまった事で環境が劇的に回復する一方、宇宙からもたらされる資源や技術が「莫大な利益」となった。「地球連邦評議会を中心とする上層部の特権階級化」を強力に後押ししてしまい、地球市民全体を「収奪者にして地球を冒す元凶」として敵視する文脈が確立されてしまった「構造的問題」が存在したと見られます。
ダイクンはこの先鋭化しつつあった「エレズム」を「平和的な方向性へ塗り替える」事を目論見て「コントリズム」と糾合する形で「ジオニズム」へ刷新したとされます。
そこで「希望の象徴」として生み出したのが「ニュータイプ」という観念であるとされます。
ダイクンの提唱したものは、未だ明確な事例を持たないやや漠然とした「人類が宇宙に適応した姿」という、ある種の「未来予想図」とされ、地球の「束縛」から離れ宇宙へ漕ぎ出す人類の「新たな姿」を語ってみせる事。
宇宙への植民を果たした人々を「一歩踏み出した人類≒ニュータイプ(に近づいた人)」という文脈で称揚しようとしたと考えられます。
かくして「ジオニズム」は「宇宙の人類」から支持を集める事となりましたが、結局の所ある種の「選民思想」的な要素を拭い去る事は出来ず。むしろ「力ある文言」として明示された事で「地球の人類(アースノイド)」と「宇宙の人類(スペースノイド)」という対立の文脈を一般化してしまった面があったと言えます。
語義として「~ノイド(英語の接尾辞としては-oid)」には「~に類似したもの」というニュアンスがあるとされます。
ここから、場合によっては「(人類の)紛い物」という侮蔑的な意図。或いは自らを「スペースノイド」と呼び慣わす際に「人類の優越種」として引き上げる意図から相対的に「アースノイド」を「劣後するもの」と貶める意図等の感情が交錯している可能性も考えられます。
こうした「邪推」が成り立つ程度に先鋭化した形で定着してしまった「ジオニズム」は、結果的に提唱者であるダイクンその人を苛むように平和的な方向性は失われ、彼の死とその後を引き継いだ「ザビ家の専横」によって「反アースノイドの象徴」として過激化する事となります。
反アースノイド
この「反アースノイド」という「旗印」を得て辿り着いてしまった「最大の凶行」と言えるのが「一年戦争」の前段にして象徴、終わりの始まりと言える「ブリティッシュ作戦」です。
これはダイクンの死後、最大の実力者として共和制国家「ジオン共和国」を事実上の独裁制である「ジオン公国」へと移行、自らを国家元首である「公王」に位置づけた「ザビ家」家長にして辣腕の政治家「デギン・ソド・ザビ」。
その長子「ギレン・ザビ」によって「反地球連邦(アースノイド)」の戦時体制を構築した仕上げとして、国力差・戦力差を覆して「宣戦から即時に連邦を降伏へ追い込む」為にジオン軍最高指揮権者となった「ギレン・ザビ」が自ら立案したとされる作戦です。
「コロニー落とし」という悪名で知られる事になったその作戦は、戦略兵器とする為に選定されたコロニー住民の殲滅(密閉環境であるコロニー内部へ毒ガスを充満させたとされる)。
小惑星に匹敵するコロニーが地球広域に分散・落着する事による直接・間接に発生した破滅的被害、連邦軍の反攻を完全に折る為展開された追撃戦となる大規模戦闘という段階を経て、比喩無しに「人類の半数を死滅させる」という「空前絶後の大惨事」を招く事となりました。
この作戦内容そのものは極秘に行われたとされるものの、引き起こされた事態の深刻さ…取り分け「ジオン側」である「スペースノイド」にとって「例え反抗的な者への見せしめであろう。同胞の故郷であるコロニーに対する虐殺」という事実は容易に受け容れがたく、中立、或いは連邦側に恭順していた勢力。
ダイクンの死からザビ家が専横を始めた事で不信や不満を抱いていた層もあった(ジオニズムそのものに対する賛否は横へ置くとしても)「ジオン公国≒ザビ家」から離反するか、多大な不信感を抱える事になったとされます。
それでもわずか1週間でこれだけの「災禍」に見舞われる事となった連邦側が「ジオン側優位での停戦」を受け容れたならば、最低限「スペースノイドの解放」という大義によって苦渋を飲下す形が有り得たかもしれません。
しかし土壇場になって連邦軍が「停戦を拒否」する事態となり、一年に渡る戦禍が続く事で「大義を騙る者に対する不信感」と「大義を自らに課す事での正当化(先鋭化)」という大きな歪みを「スペースノイドの側に」残す事となりました。
アースノイドの立場
一方、直接的な被害を受けた「アースノイド」としてみれば、敵意と共にその「危険性」を認識する相手となり、相乗効果によって過剰なまでの弾圧すら容認・正当化される「構造」が強化されてしまう事になりました。
これらの「構造的問題」は前述した「停戦協定が戦時協定へと改訂された」ものである「南極条約」の運用においても多大な影。「相手が”悪い”のだから多少の条約違反は”正義”である」「守らない相手は罰しなければならない」というような恣意的運用。落とす事で空文化を招き、最終的には「(互いを信じられないので)相手を徹底的に殺すしかない」と連鎖的に事態の過激化が進む事となってしまいました。
言わば「絶滅戦争」の様相を呈しかけた「一年戦争」は、ジオン側最終防衛拠点となった「ア・バオア・クー」において「ギレン・ザビ」を始めザビ家一党が全滅。指揮系統の崩壊を機にザビ家と反目していたジオン有力者達が「ジオン共和国」を再建する形で停戦を図るという「非常手段」によって終戦を迎えました。
しかしこの「非常手段」は、既に混乱を来していた「南極条約」の運用に加え「共和国派に拠る背信行為」であるとする「ジオン軍主戦派」や、予備戦力として待機させられていた。
蚊帳の外に置かれていた残存戦力の分断を招くという戦後処理に向けた「深刻な構造的問題」を抱える事になってしまいました。
この「構造的問題」によって「戦力を丸ごと保持しながら戻る場所だけ無くしてしまった」形となり、戦時条約による庇護が無くなる事で投降すら許されず凶悪化するしか無くなった。
「ジオン軍残党」に対し、一年戦争後7年の時を掛けて徹底的な弾圧を図り、連邦軍内の「エリート組織」にまで上り詰めたのが「ジャミトフ・ハイマン」率いる特務部隊「ティターンズ」とされます。
これは「一年戦争」を「勝利」で終えた地球連邦政府及び連邦軍上層部が、戦争によってもたらされた名声と利益に加え「敵の不在」と「かつての敵(スペースノイド)への差別感情」という混沌の中で腐敗が加速度的に進行。
政治と戦場の両面に通じ、謹厳にして厳格な軍人であるジャミトフがジオン残党狩りを始め連邦軍内の「汚れ仕事」の一切を担う形で権限を拡大、更に「バスク・オム」を筆頭とする腐敗を良しとしない峻厳な軍事エリート集団として先鋭化させた部隊です。
宇宙世紀0087
「機動戦士ガンダムZ」の開始時期である「宇宙世紀0087」には、本来「連邦軍」の一特務部隊に過ぎなかった「ティターンズ」が主導的地位を完全に掌握する本末転倒が起きていたともされる。地球圏の各宙域に部隊を配し、拠点として要塞やコロニーを所持していた。
如何に「ジャミトフ・ハイマン」という人物が政治的・軍事的に優れた人物であったとしても、これ程までの専横を許した事もまた「地球連邦という組織の構造的問題」の表れと言えるものでしょう。
一方で「ジャミトフ・ハイマン」という「謹厳な軍人であり政治家」が、強大な権限を得ようとした「真の目的」とは「腐敗の一掃」。即ち「衆愚の根源となる過大な人口を争乱によって抑制させ、少数の理性的指導者が導く」という「ギレン・ザビのジオニズム」とでも言うべき思想に根差すものであったとされます。
「バスク・オム」の如き「狂的な武断者」を上級指揮権者として重用する事になったのも「主戦論」、「争乱を進んで引き起こす必要性」が目的の中に組み込まれていたからと考えられます。
結局、怯懦に塗れた怠惰で無能な衆愚と化した「連邦軍」を改める必要性は同じくしながらも、強権を濫用し虐殺すら厭わない「ティターンズ」を解体する目的で一致した連邦軍内改革派による「A.E.U.G.(エゥーゴ…Anti Earth United Government=反地球連邦政府)」の結成を招く事になります。
本来この構図は組織内での政治闘争でしたが「ティターンズ」が「地球連邦における正規軍」であり、最終的には「指揮権限すら委譲」される指揮系統の最上位に位置する存在であった。
同じ組織内で表立っての対立を演じる事は出来ず、表向き「反連邦を掲げる組織」の体裁を取る事になってしまった為に「反スペースノイド」対「スペースノイド」という広範な戦い…「グリプス戦役」へと拡大する事になっていきました。
この戦役は、連邦内の「大乱」を好機と見たジオン残党の中でも最大級の規模を持っていた小惑星「アクシズ」が参戦(文字通り地球近傍まで”移動”を果たしています)する事で内乱の枠を越えた争乱となります。
最終的にこの戦役は「エゥーゴ」の創設メンバーであった「クワトロ・バジーナ」が、ジオニズムの祖ダイクンの遺児「キャスバル・レム・ダイクン」にしてジオン軍の英雄たる「シャア・アズナブル」その人である事を地球連邦議会において表明。絶大なカリスマを背景に「ティターンズ」の暴虐を明かされ、世論は一挙に「反ティターンズ」へと流れる事となりました。
その後の決戦においては「アクシズ」の暗躍もあり「ティターンズ」は潰滅、主要メンバーも全て死亡する事で組織の維持が不可能となって解散する事となりました。
「エゥーゴ」も決戦において潰滅寸前の被害を被り、政治的にも「ティターンズの解散」という目的を果たした一方で、創立メンバーに「シャア・アズナブル」という功罪両面を担う人物が居たという事実から構成員の離反を招く。
組織的活動が困難となるレベルにまで疲弊、漁夫の利を得た形となった「アクシズ」の追討という目標にもほとんど参画出来ない状況となりました。
皮肉な事に「スペースノイドの解放」という「ジオニズム的理念」に賛同していた「旧エゥーゴの離反者」や行き場を失った「ティターンズ残党」が「アクシズ」に寄る辺を見出し勢力を拡大。
地球連邦の混乱と疲弊に乗じて「ザビ家の再興」を掲げ「ネオ・ジオン」と改称する事で「第一次ネオ・ジオン抗争」に移行する事となります。
ネオ・ジオン
この時期の「ネオ・ジオン」は「ザビ家の再興」を掲げたように「一年戦争の再演」を果たして行く事になり、極度に疲弊した地球圏を電撃的に制圧。一時は連邦首都ダカールまでも手中に収め、更にダブリンへ逃亡した連邦政府高官に対する「宣告」として「コロニー落とし」まで敢行。
事も在ろうに疲弊していた連邦政府は「人口縮減」を決め込んで対策を打たないという愚行に走りますが「エゥーゴ」と呼応する反連邦ネットワークが市民の誘導に成功する事で、ダブリンは壊滅したものの人的被害は最小限に抑制される結果となりました。
ここまでの流れによって連邦政府は事実上の降伏となる停戦を提起、ネオ・ジオンはこれによって「サイド3」の譲渡を受け、見事にザビ家の復興、「ギレン・ザビ」すら為し得なかったレベルの勝利を果たしました。
ところがこの「ザビ家の復興」において、当時の体制が未だ幼少であった「ミネバ・ラオ・ザビ」を元首とし、政治的実権は「ハマーン・カーン」が摂政として握るという状況。ザビ家の後継を標榜し発言力を増していた「グレミー・トト」を筆頭とする反乱が発生。
半ば共倒れのような形で両者は死亡し「第一次ネオ・ジオン抗争」は終結する事となりました。
この戦乱において「エゥーゴ側」で最も戦果を挙げたとされるのが、参戦当時若干14歳にして天才的パイロット技術を見せた「ジュドー・アーシタ」という少年の一党でした。
彼はサイド1の旧型コロニー「シャングリラ」出身とされ、経済的困窮と両親の不在から、唯一の肉親である妹を学校へ行かせる為として「ジャンク屋」と称する活動を行っていたとされます。
宇宙世紀0088
「宇宙世紀0088」一年戦争から10年を数える時期にあって、どの程度の割合がこのような「貧困層」に属していたのかは不明ですが、少なくとも彼らが「特別な存在とは言えない」様子で描かれていた事は、当時の「スペースノイド」が置かれていた状況の一端を物語るものであった見る事が出来るでしょう。
「第一次ネオ・ジオン抗争」が結局「内乱での瓦解」という結末を迎えてしまった事で、戦乱の傷跡と遺恨だけを残してしまう事となった。5年の時を経て再び「ネオ・ジオン」を再建したのが「シャア・アズナブル」であり、かつて父ダイクンが声高に唱えた「地球からの離脱と宇宙への進出」を謳いながら、その実としてギレン・ザビの如き蛮行によってそれを為そうとした事は「ジオニズムが迎えた一つの到達点」としてはあまりに皮肉な結実であったという事になるでしょう。
しかも「シャア=キャスバル」自身がそれを蛮行であると理解する事で「あの世のダイクンの元に召されるであろう」という陶酔的と言わざるを得ない。組織(=自らに恭順を示してくれた他者すら巻き添えにする)の存続すらかなぐり捨てた「自己犠牲」論に辿り着いてしまったという「彼自身の得た結論」は悲劇であると言わねばならない所でしょう。
最終的にこの「悲劇」は、終生のライバルとなった「アムロ・レイ」と、自身の「ニュータイプ」適正によって感じ取る事となった「人の暖かさ」に横っ面を殴り飛ばされる形で幕を引く事となりました。
悲劇をもたらす「構造」が解消される事は無かったというのが、ここまでの歴史における結論という事になるでしょう。
本稿の定義する範囲
「ジオニズム」の成立課程となる前史から、成立以降の十数年、四度に渡る大規模な戦争を俯瞰的になぞって見ましたが、その存在が歴史上象徴的な存在となった。
大多数の人が何らかの形で通底する思想を巧みに明示化して見せた。
「ジオニズム」であっても、本質的には「受け手次第で変質する」事は避けられず、ほぼ画一的と言える意思の下で活動していると見られる「閉鎖的な組織」であったとしても似て異なるものであったり、果ては欺瞞によって正反対とも言える意思が互いを掣肘し合う中で不実な結果が鬱積していってしまうというような状況が示されていました。
良きにしろ悪しきにしろ、大きな結果にはそれだけの蓄積。
即ち「問題を生み出す構造」が存在しているのであって、思想は如何に影響力が大きくとも、それが行動を変容させるのはあくまで個々人の範疇であり、大多数の人々を動かす「力」とまでは言えないという事が見えたように思えます。
現実におけるこうした「人と人の間にある認識ギャップ」を現わした話題として、「機動戦士ガンダム0083 スターダストメモリー」に登場する人物「アナベル・ガトー」の評価が、昭和から平成にかけての世代は「戦場に散った同士達を憂い、義に立つ戦士」という具合の好意的な印象を寄せていた。対し平成後期から令和にかけての世代には「反動的なテロリスト」という冷淡な印象が寄せられていたという話題がありました。
あくまで意見を聞けた範囲という話題ではありますが、仮にこれが世代間の認識ギャップを正確に現わしているものである。すると紛争の話題が何処か遠い他人事として「消費」されていた世代では、遠い存在である戦いへのロマンチシズムが刺激される。一方、紛争が日常的な話題として「隣り合う」世代では、例え正当化された手段であったとしても紛争それ自体を嫌忌するという思考が顕在化するという傾向が表われるのかもしれません。
同じものを見た結果であっても、年齢や環境等の「違い」が現れてしまうという中にあって、広範囲を広く捉え、結果から過程に何があったかを導き出すというのも「歴史」の一つの楽しみ方と言えます。
※画像はイメージです。


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