ドイツのH&K社と言えば、自国内の法執行機関や軍隊に対し、それこそハンドガンからサブ・マシンガン、アサルト・ライフルなどの銃火器を供給し、それらの中の一部は世界的にも大きなシェアを獲得している。
そんなH&K社の世界的なヒット商品で、同社の存在を大きく向上させたと思われるのが、サブマシンガンのMP5であり、今も世界中で多数の法執行機関や軍隊の特殊部隊が運用を行っている。
但し大きな歴史上の潮流から考えれば、銃火器としてのサブ・マシンガンは拳銃用の弾薬を使用する特性上、今後はシェアを落とす事はあっても大幅に回復する見込みは薄いのではないかと思われる。
そうしたサブ・マシンガンに替えて、法執行機関や軍隊の特殊部隊では敵である標的も標準的にボディ・アーマーを使用する頻度が増えた事を受け、貫通力の高い弾薬を使用するPDWの採用を増加させている。
但しこうした専用の貫通力の高い高速弾を使用するPDWは、未だはっきりとその区分が確立された訳ではなく、大きな枠組みの中ではサブ・マシンガンの一種として捉えられている側面も大きい。
そんなPDWの分野でもH&K社のMP7は競合で且つ、販売開始時期で先行したFN社のP90を上回るセースル実績を獲得しており、同分野を牽引するものとして存在感を日々高めていると言って良いだろう。
こうしたH&K社のMP7や、その前のサブ・マシンガンであるMP5の影に隠れてしまい、決して知名度やセールス実績は芳しくない同社のサブ・マシンガン・UMPについて今回は紹介してみたいと思う。
H&K社の地位を世界的に高めたMP5
H&K社の存在感を世界的に大きくすることに貢献したのは、やはり何と言ってもサブ・マシンガンのMP5であり、同銃は1959年にドイツ連邦軍が主力小銃として採用したバトル・ライフル・G3をサブ・マシンガン化したものと言えた。
G3は7.62x51mmNATO弾を使用するバトル・ライフルであったが、ローラー遅延式ブローバック方式を採用しており、この精緻な方式をサブ・マシンガンであるMP5にも使用する事でその新たな可能性を開拓したと言えよう。
それまでのサブ・マシンガンの分野で世界的に高いシェアを持ち、ドイツ連邦軍も採用していたのはイスラエルのUZIだったが、これは名銃ながら従来のオープンド・ボルト方式で、堅牢で信頼性は高いが命中精度は構造上期待できなかった。
それに引換えMP5はローラー遅延式ブローバック且つクローズド・ボルト方式を採用した事から、従来のサブ・マシンガンとは一線を画す精緻な射撃が可能となっており、連射時の反動の抑制にも秀でていた。
MP5は1966年以後、当時の西ドイツの連邦国境警備隊に採用され、続いて同国の州警察でも採用されたが、サブ・マシンガンとしては贅沢な機構故に単価が高額で、他国ではイギリス陸軍のSAS(特殊空挺部隊)しか採用はされていなかった。
しかし1977年に生起したルフトハンザ航空の181便ハイジャック事件において、西ドイツ連邦国境警備隊の特殊部隊・GSG-9が機内への強硬突入に同銃を使用、人質に1名の犠牲者も出さずテロリストの制圧に効果を発揮した。
この事件によってMP5は製造開始から10年余を経て、世界の法執行機関や軍隊内の特殊部隊の装備として一躍脚光を浴び、単価は高価ではあるものの精緻な射撃が可能な新世代のサブ・マシンガンとして一気に普及が加速した。
H&K社としても自社で開発したMP5の射撃精度を含む性能には十分な自信は持っていた事は想像に難くないが、ルフトハンザ航空の181便ハイジャック事件が無ければその価値が世界的に認知される事はなかっただろう。
MP5の成功を受けてH&K社は新型サブマシンガンUMPを開発
こうしてローラー遅延式ブローバック且つクローズド・ボルト方式を採用し機構的に複雑であるが故に、命中精度は高くとも単価の高額さがネックとなってリリース後も10年余は自国以外では普及が進まなかったのがMP5だった。
しかし1977年のルフトハンザ航空の181便ハイジャック事件を契機に、その有用性が価格面の問題を上回る評価に繋がり、世界中で殊に法執行機関の装備品として商業的にも大成功を収める事となった。
それでもこれまで見てきたようにMP5の軍隊での採用は少数に留まっていたが、アメリカ軍が同銃よりも単価が低く性能を向上させたサブ・マシンガンの開発を要望、H&社はこれに応える為に新型銃を開発した。
それが先ず1981年のSMG-I、1984年のその改良版のSMG-IIとして完成を見たが、アメリカ軍自体の新型サブ・マシンガン計画自体が頓挫した為、これらは量産化される事はなく、既に軍隊でのサブ・マシンガンの大量導入は時代にそぐわないものとなった感が拭えなかった。
そうした中でもH&K社は自社のMP5の代替を担う存在の開発を1980年台後半も継続し、SMG-I・IIの知見を得て素材に樹脂ろ用いたMP-2000、簡易なブローバック方式としてコストを下げたMP5 PIを開発するなどの動きを見せた。
また嬉しい誤算と言うべきか、高価な単価にも関わらずMP5のセールスは好調を維持していた為、敢えて新型のサブ・マシンガンをこれに替えて大量に採用しようと言う市場のニーズは高くはなかった。
但し同時期のアメリカのハンドガン市場では、9×19mmパラベラム弾の威力不足の指摘の声が増加、45ACP弾の再評価や40S&W弾の登場などで、大口径の拳銃弾へ回帰傾向が起こり、H&K社もこれに対応するサブ・マシンガンをリリースする。
H&K社ではこうした状況下、アメリカ特殊作戦軍(SOCOM)の要望に合わせ、45ACP弾仕様のハンドガンとしてMARK23を、そしてサブ・マシンガンとしてUMPを市場にリリースし、その是非を問う事となった。
尚リリース後は45ACP弾仕様のUMP45と呼称され、後に9x19mmパラベラム弾仕様としたUMP9、40S&W弾仕様としたUMP40も製品のラインアップに加わり、アメリカ軍以外の市場にも拡販を目指した事が見て取れる。
H&K UMPのスぺックと現状
H&K UMP45は45ACP弾仕様のモデルでスペックは、口径が11.43mm、銃身長が200mm、装弾数が25発のボックス・マガジン、作動方式がクローズド・ボルトのシンプル・ブローバック方式で、全長が450mm(ストック伸張時で690mm)、重量が2.3kg、発射速度が毎分600発となっている。
発射はセミ・オート、フル・オートに加えて2点バースト機能の3つをセレクタ・レバーの切り替えで選択可能であり、折り畳みストックは自社のアサルト・ライフルのG36、全体の操作系は前モデルであるMP5を踏襲している。
但し、ボルト・ストッパーやピストル・グリップのデザインはM-16/AR-15系統に寄せられており、アメリカ軍での使用を念頭に置き、出来るだけ使用に違和感の少ない操作感を演出したかったものと思われる。
H&K UMPシリーズはサブ・マシンガンとしての完成度は決して低くなく、軽量で信頼性も高いモデルではあるものの、開発元であるH&K社がMP5の代替を企図した程には今のところ商業的に成功したとは言い難い。
その理由として考えられるのは、①余りにもMP5が高性能サブ・マシンガンとして認知されている事、②貫通力を高め小型化されたMP7が既に存在する事、③拳銃弾の威力不足解消には全長の短いM4カービンなどでも代替可能な事、などが挙げられる。
殊に特殊部隊が運用効率と貫通力を求めて選択するとすれば、②で挙げたMP7が既に確固たる評価を固めつつある事もあり、UMPシリーズを敢えて選ぶ意義が薄い事が傍目にも感じられてしまう。
なかなか製造側の思惑通りには事が運ばない代表例がUMPシリーズ
これまで見てきたようにH&K社のUMPシリーズは、現代のサブ・マシンガンとして必要な要件は全て網羅しており、MP5よりも安価でアメリカ市場を意識した造り込みが成されており、そのコスト・パフォーマンスは高いレベルにあると思う。
しかしアメリカで45ACP弾の再評価や40S&W弾の登場が起こった事はいえ、その大元の9×19mmパラベラム弾も更に威力を増加させた種類が開発され、拳銃弾としての世界的な大口径への回帰潮流は押し留められそうに映る。
そもそもH&K社のMP5からして、メーカー側では高精度なサブ・マシンガンとしてリリースしたものの、その有用性が認識されたのは実際に生起したルフトハンザ航空の181便ハイジャック事件によるところが大きかった。
その意味では市場のニーズを汲んで開発が行われたとは言え、なかなか製品をヒットさせる事は如何なる分野でも決して容易ではないとUMPシリーズを見るにつけ、考えさせられるこの頃である。


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