高校二年生、水泳部に所属していた。
その日はたしか土曜の午後で、授業の後は、自主練だけをするごく平凡な一日だった。
夜でもない明るい昼間だったのに、不気味な体験をしたのだ。
帰り道
夏はすでに終って屋外プールの水は淀み、水泳部の練習はもっぱらストレッチと筋トレ。
水泳部に部室はなく、プール脇にある更衣室を部室代わりに使っていた。
コンクリート造りで、秋になるとひんやりする場所だ。
同じ水泳部のK君と今日のメニューを終え、着替えてから、更衣室を出て校舎へ戻ろうとした。
プールと校舎は少し離れていて、更衣室の裏を回り込む細い通路を通って行く。
校庭には人の気配はほとんどなく、聞こえるのは自分たちの足音と、練習をしているテニス部の声くらいだった。
更衣室の横を抜けた瞬間、理由も前触れもなく、背骨に沿って一気に冷たい感覚が走った。
寒いというより、内側から撫でられたような、ぞわっとした感触だった。
思わず足が止まり、「え、なに今」と声が出た。
するとK君が、少し遅れてこちらを見て言った。
「今の、なんだ?」
冗談を言っているような顔ではなく、はっきりと戸惑っている表情だった。
「わからん。急にゾクッとした」
そう言った瞬間、K君が即座に返してきた。
「俺も同じだ。今、背中ゾクッとした」
一瞬、言葉が詰まった。
二人で顔を見合わせ、「気持ち悪いな」「なんだ今の」と言いながら、自然と足早になった。
振り返ることはしなかった。
理由はないのに、振り返りたくなかった。
違和感
校舎にたどり着いたとき、K君が歩きながら、ぼそっと名前を口にした。
「…………A君」
その瞬間、ひやりとした。
俺も同じ、何の前触れもなく、A君の顔が脳裏に浮かんでいたからだ。
A君は、水泳部の同級生だった。
なぜ過去形なのかというと、去年の夏、事故で亡くなっている。
あの日、俺とK君、そしてA君の三人で、いつも通りプールでふざけ合いながら、飛び込みの練習をしていた。
A君が飛び込んだあと、プールの中ほどで浮かび上がり、そのまま動かなくなった。
彼は変な冗談が好きで、よく俺たちを驚かせていたので、その時も、「また何かやってるんだろ」と思って、正直、誰も本気にしていなかった。
異変に気づいたのは、それから数分後。
いくらなんでも長すぎる。
そう思いながら、何か仕掛けてくるつもりかと警戒しつつ、俺はプールの中のA君に近づいた。
近くまでいっても、反応がない。
体に触れても、力が抜けたまま。
慌ててK君を呼び、二人でA君をプールから引き上げたが、まったく動かない。
その時点で、ようやく冗談ではないと理解し、職員室に駆け込み、救急車を呼んでもらった。
だが、搬送された時には、すでにA君は亡くなっていた。
後で聞いた話では、飛び込んだ瞬間にプールの底で頭部を強打、そのまま意識を失い、窒息死だったという。
霊体験
その後、俺たちの行動について責任を問われることはなかった。
事故は不可抗力とされたが、学校中がしばらく騒然としていたのは事実だ。
それでも、何もなかったわけではない。
担任教師は強い責任を感じたのか、ほどなくして学校を去った。
あの出来事を思い返すたび、もしかすると、あれは霊体験と呼ばれるものだったのかもしれない、と思うことがある。
だが、どうにも腑に落ちない点が多い。
昼間で、しかも二人同時に、ほんの一瞬だけ。
それ以降、同じようなことは一度も起きていない。
もしA君が俺たちを恨んでいたのなら、体調を崩したり、悪夢にうなされたりしてもおかしくないはずだ。
だが、そんなことは何もなかった。
仮に幽霊だったとして、事故から一年以上が経ってから、俺たちに何を伝えようとしたのか。
その理由も、今ではわからない。
ただひとつ変わったことがある。
それ以来、あの更衣室から校舎へ向かう道を歩くとき、
何かが起きる事はないと思うのに、歩く速度だけが自然と速くなった。
※画像はイメージです。


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