以前、カニバリズムに関して取り上げた際「死者を弔うために儀式的に食人行為を行う」と軽く触れた。
これだけでも十分興味深いが、「では他の宗教では死者をどのように扱うのか」という視点を設け、各宗教の葬技方法と死生観・宗教観を整理していく。
今まで広げてきた紙面の中でも『世界中の各宗教の比較』は度々行ってきた。神の存在一つ取り上げただけでも多種多様な捉え方が見られた中、
「信者が迎える『死』をどのように捉えるか」
「その結果、神は、信者は故人をどのように扱うか」
に着目しながらその葬儀方法も見ていく。
世界の宗教ごとの葬儀方法と死者の扱い
我が国日本では火葬が主な葬儀方法である。日本では宗教の隔てなくほぼ火葬されるが、世界各国でも宗教と土地に根付いた文化の影響が現れている。
キリスト教
カトリック→土葬
プロテスタント→火葬
カトリックは終末の日の死者の復活に備えて遺体を焼かずに土に埋める土葬が主流。火葬に対しては否定的であったが、アメリカなど国によっては火葬を選択するカトリックも存在するようだ。
プロテスタントは土葬と火葬が半々。柔軟に臨機応変にその国や土地に合わせた葬儀方法で行う。
キリスト教において死は悲しいことではなく魂の救済、神の元へ召されることへの祝福と捉える。
仏教
主は火葬
チベット仏教→鳥葬(天葬)他
仏教には輪廻転生の概念があり死は魂の開放、器であった遺体は自然に還すのが道理という考えのもと遺体を埋葬する。
チベットでは仏教の「遺体は自然へ」という考えに従い遺体を鳥葬台に並べ野鳥に食べさせる鳥葬を行う地域がある。場合によっては鳥が食べやすいように遺体を解体することもあるとか。
神道
火葬
昔は火葬を仏教特有の習俗であるとして禁止した時代もあったが現代では火葬が主流。
死を穢れと捉え、葬儀は神社以外の場所で行う。葬儀は死者の魂の穢れを払い家の守護神とするための儀式と考えられている。
故人の魂は神と同等に扱う。
ヒンドゥー教
水葬
水葬とは遺体を海や湖、川へ沈める葬儀方法である。インドのヒンドゥー教の葬儀では遺体を燃やし遺灰をガンジス川へ流す。故人や遺族の経済環境によっては遺体を火葬せずそのまま川へ流すこともあるとか。
ヒンドゥー教では肉体より魂が本質であり、輪廻転生の概念があるため遺体を保存することはない。
イスラム教
土葬
土葬が義務、火葬は禁止されている。最後の審判という概念の元、肉体を伴った死者の復活に向けて遺体の原型を保ったまま土に埋めるのが手順となっているが、イスラム教の教えの中に「死後不信仰者が永遠に神の火で焼かれる場所(火獄)」というのがあり、火刑は神のみに許される行為=人間が人間の肉体に火をつけるのは越権であるという考えも影響しているのではないかとも。
弔いに対する姿勢と土地に根付く文化の影響
宗教間での葬儀方法は種類様々あるが、大きくは「遺体を残る形で弔うか否か」で分かれているように見える。もっと言えば教理で「死者の復活があり得るか」「復活に備えて遺体の保存が必要か」について言及があるかで分かれる。
前章で挙げた宗教だとキリスト教とイスラム教が埋葬後死者が復活する『最後の審判』に備え土葬を主流としている。対して仏教、ヒンドゥー教では死後魂は転生し肉体は器に過ぎない『輪廻転生』の考えの元火葬を行っている。
余談ではあるが一番最初に挙げた死者の肉体を食べる葬儀方法(食葬)は「死者との別れを惜しみ、肉体を遺族で分け合い食すことで死者の魂や存在を取り込みより近くで感じられるように」という意味を込めて行われる。
これは上記の『最後の審判』『輪廻転生』に基づく弔いのどちらとも違う分類になる気がするが、「死者の存在を死後も近くに感じるように」もっと言うと「死後の魂が向かう場所が神の御許ではない」「死者の死後に神が干渉しない」というその土地独特の信仰・宗教観の影響の表れでもあるといえる。
更に見ていくと、宗教の慣習を踏襲しつつもその土地の文化に合った葬儀方法へと変容していったパターンがいくつか見られる。
例えば序盤で現代日本では宗教の隔てなくほぼ火葬が行われると述べたが、これは明治時代に「島国じゃ土葬用の土地の確保も限界あるし公衆衛生面考えたら遺体は火葬がいいよね(超要約)」という考えの元、先にあった火葬禁止令を撤廃した流れがある。この各宗教的視点を平等に配慮しない措置はいっそ複数宗教が混在する我が国ならではのものともいえる。
チベットにおいても、仏教にならい遺体は自然に還るように弔われるが、鳥が集まる高地では鳥葬、十分な規模の川がある地域では水葬、遺体を焼くのに必要な薪が調達できる山地では火葬など、土地の条件に合った葬儀方法が選ばれている。
アメリカで火葬を選ぶカトリックしかり、近年ではその国や土地、そこに根付く文化や住む信徒の事情に合わせた葬儀方法の選択が行われる場面が散見される。それは決して先に挙げた
「信者が迎える『死』をどのように捉えるか」
「その結果、神は、信者は故人をどのように扱うか」
を蔑ろにしたものではなく、むしろ教理や信条を中心に据えつつ、これからもその土地に住み信仰して生きていく自分たちにできる精一杯の死者への敬意の表明…その模索の結果であるともいえる。
葬儀方法という視点
宗教ごとの死の捉え方・それに伴う葬儀方法という視点でまとめたが、世界で行われる葬儀方法には食葬のような民族特有のもの、日常生活において馴染み薄いものも少なくない。
食葬のくだりでもやや片鱗が見えていたが、そういった葬儀方法を選ぶ人々の死の捉え方や死者の扱い方は宗教由来のそれとは少し異なるものもあるので、より深く知り比較したいと思った際にはぜひ調べてみるといい。
※画像はイメージです。


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