死の天使ヨーゼフ・メンゲレ

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日本人であっても、アウシュビッツと聞いて震え上がらない人はいないでしょう。
アウシュビッツでのガス室での大量虐殺、ソ連軍がアウシュビッツ収容所に乗り込んだ時の生きているのがやっとの骨と皮にやせ細った人々の映像は見たことがあり、トラウマになるほどショックを受けたのです。

アウシュビッツで虐殺されたユダヤ人は、150万人とも120万人とも言われています。
ナチスはアウシュビッツで虐殺するだけじゃなくて、医師が関わって人体実験までしていたんですね。

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死の天使ヨーセフ・メンゲレ

当時30代前半だった彼は、アウシュビッツ到着駅でユダヤ人収容者を、実験対象、ガス室送り、強制労働へと選別する役割を担っていました。その際、指揮棒を振るような仕草で選別を行ったと証言されており、この行為から「死の天使」と呼ばれるようになったとされています。

メンゲレは、自身の師であるフェアシュアーに認められることを強く望み、その結果としてアウシュビッツで一連の非人道的かつ非科学的な人体実験にのめり込んでいったと考えられています。
フェアシュアーは優生学を専門とする学者で、ナチス政権下においては「民族を集団として捉え、集団レベルでの遺伝的な“健康”を維持・向上させるため、優れた遺伝子を選別し、『優秀な人間によるユートピア』を実現すべきだ」という思想を唱えていました。
その思想のもと、障碍者や病人を「劣った遺伝形質」とみなし、子孫を残させないために不妊手術を行うことを正当化していたのです。

実際、ナチス政権下では強制不妊手術を合法化する法律が制定され、当時のドイツ国内で約40万人が手術を受けたとされています。
こうした優生学的思想は、現在では科学的根拠を欠いた擬似科学であり、倫理的にも明確に否定されています。

数ある非人道的な人体実験の中でも、特に知られているのが双子を対象とした実験です。
生存者の証言によれば、目に化学薬品を注入して虹彩の色を変えようとする試みや、双子間で血液や体液を交換する実験が行われていました。また、外科的処置によって双子を人工的に結合させ、二人分の臓器や循環系が一つの身体で機能するかを調べようとしたとされる例も報告されています。
これらはいずれも明確な科学的目的や方法論を欠いたもので、医学実験と呼べる水準には到底達していません。

戦争末期と証拠隠滅

このヨーゼフ・メンゲレは、戦後どうなったのか。
彼がアウシュビッツで活動した期間は2年弱に過ぎません。戦局が悪化した終戦間際、メンゲレは別の収容所へ転任した後、その混乱に紛れて逃亡しています。
敗戦が目前に迫る中で、関連書類などの証拠は意図的に隠滅され、人体実験の証拠を消すために囚人の殺害が計画されたとされています。しかし毒ガスが不足していたため、双子として収容されていた約3000人のうち、およそ180人が生き延び、後に生き証人となりました。

一方で、師であるフェアシュアーは、ナチス協力の痕跡を巧妙に隠し、戦後も法的責任を問われることはありませんでした。彼はその後、ドイツ人類学協会の会長を務め、大学教授として学界で影響力を持ち続けます。ナチスとの関係が広く問題視されるようになったのは、彼の死後になってからでした。

メンゲレ自身は南米へ逃亡し、イスラエルなどによるナチ戦犯追及を恐れながら潜伏生活を続けたとされています。最終的に彼は1979年、ブラジルで海水浴中に溺死し、67歳で生涯を終えました。
アウシュビッツでメンゲレと共に勤務していた医師や幹部の多くが、ニュールンベルク裁判およびその後の継続裁判で有罪判決を受け、処刑されたことを考えると、この結末は極めて異例です。

長期間逃亡できた背景には、裕福な実家からの経済的支援に加え、南米に逃れた元ナチス関係者のネットワークが存在していたと指摘されています。ブラジルやアルゼンチンでは、彼らが一定の社会的・政治的影響力を持っていた時期もありました。
記録によれば、メンゲレはブラジルのドイツ大使館に離婚手続きのため本名で現れたにもかかわらず、逮捕されることはありませんでした。また、ドイツに残していた息子を後に呼び寄せ、報道されている内容はすべて虚偽であり、自身は人に危害を加えたことなどないと語ったとされています。

理解不能な加害者の倫理

普通の感覚を持つ人間であり、しかも医師であれば、人体実験など行えるはずがありません。
仮に「上からの命令だった」としても、自らが行った行為の重さに耐えきれず、何らかの形で罪を償おうとする意識が生まれるのが自然でしょう。

それにもかかわらず、メンゲレやフェアシュアーは平然と人体実験を行い、多くの人命を奪った末に、責任を取ることなく逃げ切りました。
彼らは本気でナチスの思想を正義だと信じていたのでしょうか。それとも、自分たちは命令に従っただけの被害者だと認識していたのでしょうか。

実際、アウシュビッツの高官や関係者の中には、戦後の証言で「忠実な官僚であり、家庭では家族思いだった」と語られる人物もいます。
ではなぜ、そのような人間が大量虐殺という行為を実行できたのか。この矛盾こそが本質的な恐ろしさです。

本当に恐ろしいのは、戦争という状況の中で、意識的であれ無意識であれ、人が加害者になってしまう可能性があるという事実なのかもしれません。

featured image:Anonymous photographer, not identified anywhere, Public domain, via Wikimedia Commons

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