旅が好きで、気になる場所を見つけたら、とりあえず行ってみる。
そんなノリであちこち回っていました。
そんな中で今でもはっきり覚えているのが、ある夏のお盆休みのこと。
仲のいい友人と一緒に、東北へ旅行に行ったときの話です。
夏の東北、二人旅
高速道路をひたすら北上し、盛岡へ。
ベタですが、まずはわんこそばで腹ごしらえ。限界まで食べて、しばらく動けなくなるという儀式を済ませてから向かったのが「T湖」です。
東北でT湖といえば、まあ察しはつくでしょうが、あえて伏せておきます。
秋田方面へ抜ける途中、ここ宿泊地に選んだのは、ただ景色がきれいだったからだけではありません。
以前、旅行雑誌で見かけた澄み切った湖面と、そこに立つ金色の像。
その像は伝説の美少女らしく、永遠の若さを求めた挙げ句に竜になったとか。
なんか気になってしまい、せっかく東北にいくんだから見てみたいと思ったのでした。
「T湖」にて
念願の伝説の美少女像を見学したのですが、正直に言うと、思っていたほどではなくて拍子抜けしました。
まあ雑誌の写真は盛っていた、というやつです。
せっかくだからと湖畔をぐるりと回っている途中、湖に浮かぶボートを見つけました。
それを見た友人が「せっかくだし乗ってみるか」と言い出し、流れで乗ることに。
男二人でボートという絵面がなんとも悲しい、ですが、これが意外と楽しい。
最初はぎこちなかったのですが、だんだん調子が出てきて、気づけばキャッキャウフフと湖の中を移動しまくりました。
今思えば、あのときが一番平和だったのかもしれません。
その直後でした。
私が漕いでいたオールが、急に重くなったのです。まるで何かを引っかけたような感触でした。
「あれ、重いぞ」
水草でも絡んだのかと思い、身を乗り出して水面を覗き込むと、水の下に顔が見えたのです。
中年の男性で、こちらを見ているようす。
「ぎゃあ!」
思わず声を上げ、見てみろとばかりに指をさしました。
なんだろうと、友人が覗きこむのですが、そこには何もありません。
友人は真顔でこちらを見て、
「俺が女の子だったらよかったのにね♡」
と、わけの分からない皮肉を言いました。
「違うって、本当に見たんだよ」
必死に訴えても、返ってきたのは一言。
「キモっ」
それだけでした。
そろそろ返却の時間だと思い、岸へ戻ろうとしたとき、また、オールが重くなりました。
嫌な予感がして水面を見ると、いるのです。さっきと同じ、中年の男の顔が、水の下に。
「ぎゃあ、また出た!」
半ばパニックになりながら必死に漕ぎ、受付へ戻って事情を話すと、スタッフは苦笑い。
「気のせいですよ。長旅でお疲れなんでしょう」
それ以上は相手にしてもらえませんでした。
隣を見ると、友人はため息をつき、
「で? お前は何をアピールしてるんだ?」
と真顔です。
「本当に見たんだって」
訴えれば訴えるほど、友人の呆れます。
「……必死すぎて、むしろ怖いんだけど」
結局、信じてもらえませんでした。
再び現れる男性
気を取り直し、湖の周りをぶらぶら歩くことにしました。
湖面には別のボートがゆっくりと動いています。
「さっきの男、ほんとにいたんだけどな」
つぶやくと、友人は間髪入れずに返しました。
「またそのネタ? 飽きたよ、秋田だけに」
自分で言って自分で笑っていますが、私は笑えません。
そのあと、売店でソフトクリームを買い、湖を眺めながら食べていました。
溶けかけた先端がぽとりと落ちた、そのときです。
湖の一角から、ぶくぶくと泡が上がり、二人同時にそこを見ます。
水面がゆっくり盛り上がり、何かが浮かび上がりました。
人の頭でした。
顔の半分だけが水面から出ています。
「……わあ」
声にならない声が出ました。
隣の友人も、今度は何も言いません。
あの顔は、さっきボートで見た男と同じに見えました。
なんだったのか?
その日の夜、泊まった旅館での夕食時、何気なく湖での出来事を話してみました。
オーナーは少しだけ言葉を選ぶようにしてから、ぽつりと。
「あの湖は……まあ、昔から“出る”って話はありますよね」
T湖は日本有数の深さを誇る湖です。その深さゆえか、昭和の頃には「ヤクザが遺体を石に縛って沈めた」という物騒な噂まで流れたそうです。
実際、水面に男の幽霊を見たという話や、背泳ぎを幽霊するがいたという噂もあるらしい。
もっとも、この湖には伝説の美少女の悲しい伝説があります。
真偽は分かりませんが、そうした話が積み重なって、心霊スポットとして語られるようになったのだとか。
いずれにしても、幽霊だったのか、本物の元人間だったのかを確かめるほどの度胸はありません。
ただ、あの湖に曰くがあることを知ってしまうと、どうしてもそちらに考えが寄ってしまいます。
楽しみにしていた東北旅行でしたが、最後までどこか落ち着かないまま終わりました。
透明な湖面を見るたびに、水の下を思い出してしまうのです。
帰り際、友人がぽつりとつぶやきました。
「でもさ、背泳ぎする幽霊ってなんだよ」
怖がっているのか、笑い飛ばしたいのか、そのどちらともつかない様子。
その一言が、妙に印象に残っています。
※画像はイメージです。


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