シリアルキラーの中でも異常性が際立つといえば、「アルバート・フィッシュ」。
食人行為を伴う犯行、極端な性的逸脱が目立つ犯罪者だ。
アルバート・フィッシュの生涯と事件の経緯を整理して紹介していく。
アルバート・フィッシュの生涯をハイライト
1870年、アルバート・フィッシュはアメリカ・ワシントンD.C.で生まれた。
本名はハミルトン・ハワード・フィッシュ。
父親は高齢で、彼が幼い頃に死亡。その後は母親に育てられたが、生活困窮により孤児院へ預けられることになる。
この施設では体罰が日常的に行われていたようで、後年の本人供述によれば、この経験が異常な性的嗜好の形成に影響したという。つまり「罰を受ける苦痛」が快感へ変質していったのだ。
ただ、虐待経験と猟奇犯罪を短絡的に結びつけるのは雑すぎる。そんな理屈なら世の虐待被害者は全員シリアルキラーになる。
現実はもっと複雑で、フィッシュの場合、暴力と快楽の結びつきが極端な方向へ肥大化し、そこへ元々の資質や精神異常が絡み合った結果、異様な人格が形成されていったと考えられる。
やがて母親に引き取られて家へ戻るが、思春期には、針や刃物で自らの身体を傷つけるようになり、排泄物への異常な執着などが見られた。
人体損壊への関心も強く、博物館に展示されていた人体標本に性的興奮を覚えたという。
さらに青年期には年上男性との性的接触を経験し、性癖が歪んだ。
この頃には「神に試されている」という妄想を抱くようになり、ますます自分を傷つけることに執着していった。
後年のレントゲン写真では、股間周辺に複数の金属片が残っていたことも確認されている。
もはや性癖というより、苦痛の快楽と宗教妄想が融合した、わけのわからない領域に入り込んでいた。
本人の中では、宗教的な苦行のような感覚もあったのかもしれないが、後々の彼の行動からすれば、欲求を満たすだけの行為なのだろう。
こうした数々の経験から、逸脱した性癖や嗜好が強化され、変態からガチ変態へと進化していったようだ。
20代になるとフィッシュはニューヨークへ移住し、1898年に結婚。6人の子どもをもうけた。塗装工や日雇い労働をしながら生活し、表面上はごく普通の父親として暮らしていたという。
しかし家庭内では、奇妙な言動や体罰が横行し、子どもたちは父親に対して恐怖や困惑を抱いていた。
すでに「普通の家庭」という仮面に亀裂が走って、狂った素顔が見え隠れしていたのだ。
1917年頃、転機が訪れる。妻アンナが別の男性と関係を持ち、そのまま家を出たのだ。いわゆる駆け落ちに近い形だった。
原因について断定はできないが、夫がアルバート・フィッシュである時点で、家庭に問題がなかった可能性を探す方が難しい。一人で子どもたちを養う立場となった彼の生活は急速に不安定化し、この頃から各地を転々とする放浪生活へ移行していく。
そしてこの時期以降、子どもを狙った犯罪に本格的に関与し始めたとされている。
本人の供述では1910年頃から誘拐や性的暴行を繰り返していたとされるが、その多くは裏付けが取れていない。
フィッシュ自身、誇張や虚言を混ぜて語る傾向があったため、証言を鵜呑みにはできないが、1920年代から1930年代初頭にかけて、各地を移動しながら子どもを標的にした犯行を続けていた可能性は高い。
その中でも最も有名なのが、1928年のグレース・バッド事件である。フィッシュは裕福な農場主を装ってバッド家へ接近し、「誕生日会へ連れていく」と家族を信用させ、10歳の少女グレース・バッドを連れ去った。
その後、少女は殺害され、遺体は解体された。
さらに数年後、フィッシュは遺族に宛てて手紙を送りつける。そこには犯行内容だけでなく、肉をどう調理し、どう食べたかまで詳細に記されていた。
この手紙は、アメリカ犯罪史でも最悪級の猟奇文書として知られている。ただの脅迫文ではない。
自分の行為を語りたくて仕方がないという、自己顕示欲が滲み出ている点が異様、猟奇犯というより、歪み切った承認欲求の怪物。
1934年、その手紙に残されていた手がかりから捜査が進展し、差出元の追跡によってフィッシュの身元が特定され、同年12月、ニューヨークで逮捕された。
取り調べでは複数の犯行について供述し、その異常性は捜査関係者を戦慄させた。
裁判では精神異常の有無が争点となり、弁護側は責任能力の欠如を主張したが、計画性や隠蔽行動も確認されていたため、最終的に有罪判決が下される。
起訴の中心となったのは、やはりグレース・バッド殺害事件だった。この事件がなければ、フィッシュの犯行実態はさらに長期間闇に埋もれていた可能性もある。
1936年1月16日、フィッシュはニューヨーク州のシンシン刑務所で電気椅子による死刑を執行された。
死刑執行時に、「勃起していた」「通電中に笑っていた」などの異様な噂が広まり、さらには「陰嚢付近に刺していた針がショートを起こし、処刑が長引いた」という話まで語られるようになる。
現在でも有名な逸話だが、これらの多くはセンセーショナルに脚色された可能性が高く、確実な事実ではない。
ただ、フィッシュが即死しなかったのは事実。
電気椅子による処刑では複数回の通電が行われること自体は珍しくなく、フィッシュにも2度電流が流されたと記録されている。ここだけ切り取って「異常にしぶとかった」と怪談めかして語る話も多いが、当時の電気椅子処刑では比較的よくあることだったようだ。
とはいえ、世間がそこまで面白半分に尾ひれを付けたのは、それだけアルバート・フィッシュという存在が怪物として知れ渡っていた証拠でもある。
人肉を食べ、子どもを狙う殺人鬼、自傷に耽溺する異常者、新聞も大衆も、その最期すら普通では終わってほしくなかったのだろう。
こうして、「ブルックリンの吸血鬼」「グレイマン」などの異名で恐れられたアルバート・フィッシュの生涯は幕を閉じた。
異常な性癖と事件
アルバート・フィッシュは「痛み」と「性的興奮」が強く融合した犯罪者だが、それだけでは説明しきれない。
苦痛そのものに快感を覚える感覚は、幼少期に受けた激しい体罰が影響した。
後の人格形成に強い影響を与えた可能性は高いが、それだけなら単なるマゾヒストで終わっていただろう。
しかし次第に相手が苦しむ様子そのものへ興奮を覚えるようになっていく。
ただ殺すのではなく、恐怖や痛みを与え、その反応を観察することに執着していった。
ここで重要なのは、快楽の対象が自分の苦痛から、他人の苦痛へ拡大している点であり、単なるマゾ嗜好では終わらず、強烈なサディズムへ傾いていったのだ。
自分の欲望を実現するため、標的は自然と抵抗しにくい相手へ向かっていく。
被害者の多くは子どもだった。当時のアメリカでは、貧困層や社会的弱者の失踪は現在ほど重視されておらず、州をまたいだ捜査体制も未熟だった。そのため、長期間発覚しにくかったと考えられている。
つまりフィッシュは、完全な狂人というより、自分の欲望を実現するためには計算して動ける人物でもあった。
そこが、この男の気味の悪さでもある。
数々の猟奇
アルバート・フィッシュの事件に共通しているのは、殺すことより、苦痛を与え続けることに執着している。
彼にとって重要だったのは、命を奪う瞬間ではなく、相手を恐怖と痛みで支配する過程そのものだったのかもしれない。
1910年頃、「苦しむ顔が見たかった」という理由で、知的障害を持つ少年トーマス・ケッデンを誘拐し家に連れ込んだ。拷問をした後に性器を切断して殺害。
1924年、少年フランシス・マクドネルが失踪、絞殺されたうえで木に吊るされていた。フィッシュは「性器を切断しようとしたが、人の気配がしたので逃げた」らしい。
被害者を傷つける様子を見るだけで性的興奮を覚え、直接触れなくても射精していたと語っている。
そして、人肉嗜好もフィッシュを語る上で外せない。
1927年、ビリー・ガフニーという少年を誘拐し、性的暴行したうえで拷問し、殺害。その後、遺体を解体して遺棄し、一部を食べたという。
グレース・バッド事件後に送られた手紙では、少女をシチューにして食べたことまで語っている。
強烈なサディストであるが、極端なマゾヒストとしての行動も無視できない。
股間周辺へ針を刺すなど、自分の身体を痛めつける行為を繰り返していたほか、オイルを染み込ませた綿を肛門へ入れ、火をつけていたという話が残っている。本人は「焼ける感覚がよかった」と語っていた。
ここまで来ると、もはや変態という次元を越えてしまっている。
逮捕された後も、その異常さは変わらなかった。
電気椅子による死刑が決まった際には、「試したことがないから楽しみだ」といったらしい。
ベルトに固定された時に「最大のスリル」と語ったという証言が残っている。
「処刑時に勃起していた」などの有名な逸話も存在するが、後年の脚色も多く、事実かどうかは怪しい。
そして死後、遺体は遺族にも引き取られなかった。
当然だろう。家族だったとしても、ここまでの事件を起こした人間を簡単に受け入れられるはずがない。
演じる怪人
彼は単なる狂人ではなく、「怪物を演じていた人物」にも見えるのだ。
ここが「アルバート・フィッシュ」という人物の最も気味が悪い部分でもある。
彼の供述には誇張と思われる部分が非常に多い。宗教的な妄言、異常な性癖の語り方、わざと相手を凍り付かせるような発言。どれも「異常な存在として見られたい」という意識が透けて見える。
グレース・バッド事件の手紙も同じだ。
普通なら証拠を隠し、沈黙する。しかしフィッシュは、わざわざ遺族へ詳細を送りつけた。しかも内容は必要以上に具体的で、どこか読ませる意識すら感じる。
彼は単なる狂人ではなく、“怪物を演じていた人物”にも見えるのだ。
彼は自分の異常性を隠すどころか、「怪物として認識されること」。そのものに快感を覚えていた可能性がある。
これはかなり重要な視点で、本当に壊れていたのか?
それとも、壊れた自分に酔っていたのか?
その境界がぐちゃぐちゃに思える。
完全な狂人なら、もっと支離滅裂でもおかしくない。
しかしフィッシュには、自分を演出する計算高さや自己顕示欲が見え隠れしている。
単なる精神異常者ではなく、異常である自分を肥大化させながら生きていた人格にも見えてしまう。
だからこそ不気味なのだ。
featured image:Albert Fish 1903 at wikipedia, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で


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