1999年7月、ノストラダムスの予言は的中することなく、世界は何も起こらないまま8月を迎えた。
安心感とも脱力感ともつかない感情を抱くと共に、「やはりそうか」と思った人も多かったのだろう。
こうした人類が滅亡するという予言は繰り返し流布されるが、的中する事がなく終わるには日本人だけではない。
日本でノストラダムスの大予言が流行していた頃、アメリカでも似たような「予言書」がベストセラーになっていた。
大いなる惑星、地球の終焉
1970年、キリスト教系出版社ゾンダーヴァンから「The Late Great Planet Earth」が出版された。著者はキリスト教福音派の作家でありテレビ伝道者でもあったハル・リンゼイ(1929~2024)。
本書は当初、キリスト教福音派のあいだでしか読まれていなかったが、のちに一般層へと拡大し、最終的には全世界で数千万部規模のベストセラーとなった。
リンゼイは、神学校卒業後に大学生向けの福音派宣教団体で活動していた経歴を持つ伝道者である。福音派の中でもディスペンセーション主義に立脚した終末論を一般向けに広めた人物であり、神学研究者というよりもテレビや講演を通じて影響力を拡大した。
「The Late Great Planet Earth」は、直訳すれば「大いなる惑星、地球の終焉」といった意味で、終末を語る書籍でもある。
ただ日本で流行した「ノストラダムスの予言」とは性質が違う。ノストラダムスの予言は、占星術師が書いた曖昧な詩を後から解釈したものに過ぎず、一方でこの本は、旧約聖書と新約聖書の内容をもとに話を組み立てている。
この違いが、広がり方の差を生んだ。
ノストラダムスは日本で一種の娯楽として、テレビや雑誌で繰り返し取り上げられたが、本書はキリスト教の信仰と結びついているため、同じ形では流行しなかった。
重要なのは、この本がリンゼイ独自の終末論ではない点であり、もとになっているのは、福音派のあいだで広く知られている終末論「ヨハネの黙示録」。
内容を大まかに言えば、終末に向けて戦乱や疫病などの災厄が続き、最終的に神による審判が下されるという物語である。その過程でキリストが再臨し、信仰を持つ者が救済されるとされる。
そうした旧約・新約聖書の記述を独自に解釈し、当時の冷戦構造や中東情勢を当てはめ、1969年時点では未来であった1970年代以降の世界を読み解き、「ヨハネの黙示録」が現実として起こる日は近いと主張した。
ハル・リンゼイの大予言
「The Late Great Planet Earth」の予言とは一体どんな内容なのか、リンゼイの予言した終末について触れる。
1948年のイスラエル建国や、その後の中東戦争を終末の前兆とみなし、将来的にソビエト連邦を中心とする勢力が中東へ侵攻するシナリオを描いている。
この戦争は旧約聖書のエゼキエル書(38〜39章、いわゆる「ゴグとマゴグの戦い」)をもとに説明されている。章では北方から来る勢力がイスラエルに攻め込むものの、最終的には神の介入で滅びるとされる。ただし、この「ゴグ」や「マゴグ」が具体的にどの国を指すのかははっきりしておらず、解釈は分かれている。
リンゼイはこれをソ連に当てはめて説明したが、一般的な聖書解釈とは言えない。
さらに戦争は拡大し、西側諸国とソ連・中国陣営が衝突、最終的には「ハルマゲドン」に至るとされた。
核戦争による都市壊滅が想定されているが、聖書本文の記述ではなく、冷戦構造を反映した再解釈である。
最終的にはキリストが再臨し、人々は裁かれ、信仰を持つ者が救われるとされる。
救済の範囲については排他的な解釈が示されており、結果として他の宗教は存続しない形になると描かれる。
そして生き延びた者たちはキリストに導かれ、いわゆる千年王国の到来を迎えるとされた。
本書は、その時期が20世紀後半に迫っているとの見方を示して締めくくられている。
当時アメリカの背景
アメリカ国内では宗教対立を背景に終末論が一定の支持を持っており、その土壌の上で「The Late Great Planet Earth」は広く読まれることとなった。
普及の直接的なきっかけは、1973年に世界文学の古典の英訳やアシモフ、ブラッドベリなどのSF作品を出版してきたBantam Booksからペーパーバック版が再出版されたことである。これに加え、リンゼイのテレビ出演による知名度の上昇、さらに同時期に発生した第四次中東戦争が内容と重なって受け取られたことが、読者の関心を押し上げた。ただし、予言の的中とみなす根拠は存在しない。
ベトナム戦争後の社会不安や政治的混乱も、終末論への関心を後押しした要因と考えられる。こうして福音派の枠を超えて一般層にも浸透し、ベストセラーとなった。とりわけ福音派を中心とする一部の層では強い支持を集め、終末や再臨を現実の出来事として受け止める読者も少なくなかった。しかし、内容を批判的に捉える声も存在しており、単純に受け入れられていたわけではない。
1978年には映像化もされているが、地味なインタビューや記録映像の連続で、史料的価値を除けば娯楽性は低い。ナレーションを務めたのは映画史に名を残す巨匠、オーソン・ウェルズである。
その後の大予言
全米でベストセラーとなった「The Late Great Planet Earth」は各国語に翻訳され、日本でも1980年にキリスト教系出版社・いのちのことば社から「地球最後の日」として刊行された。
アメリカ国内の福音派向けの終末論が、日本のキリスト教系出版社から翻訳出版されたのは意外である。
問題となるのは、この邦訳版のリンゼイの予言が、当時勢力を伸ばしつつあったオウム真理教の教義に影響を与えた可能性が指摘されている点である。
オウム真理教は独自の教義を築いた末、一連のテロや殺人事件を引き起こした。
教団による自作自演の「ハルマゲドン」の発想に、リンゼイの予言が影響している可能性があるとされるが、事実関係は限定的である。
リンゼイ本人は2024年11月末に亡くなっており、予言自体も外れたため、アメリカにおける広範な支持は失われていた。ただし、リンゼイの予言は、福音派内で醸成された終末論に取り込まれ、現在もなお一定の影響力を保持していると言われている。
2024年にはウクライナ戦争とパレスチナ・イスラエル紛争が同時進行し、世界的な混乱が続いている。
果たしてリンゼイの眼にはこれらの出来事が「予言の成就」と映ったのだろうか?
リンゼイの予言を現実の出来事に当てはめ、「ハルマゲドン」の到来を待望する原理主義者が存在するのも事実である。
この予言は、ユダヤ教やイスラム教に対して排他的な解釈を含む内容であり、日本ではオウム真理教というトラウマを通じて残し、リンゼイはこの世を去った。


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