2018年の夏、私は友人二人と鬼怒川温泉へ旅行にいった。
関東では有名な温泉地で、名前くらいは誰でも知っているでしょう。
まずは、東武ワールドスクウェアに立ち寄った。
有名な建築物を縮尺で再現したテーマパークで、古くから存在する施設にしては楽しめた。
この近辺はトリックアートなどのベタな観光施設が多く、なにかノスタルジーを感じてしまう。
そんなこんなで周辺をウロウロとしているうちに夕方となり、泊まる予定のホテルへ向かった。
到着したホテル
上流に向かうにつれて谷が深くなり、川沿いに沢山のホテルが並んでいる。
一見すると普通に賑やかな温泉街に見えるのだが、明かりのついていない建物、ガラスが抜けた窓、看板が外れたている廃墟がいくつも目立つようになり、不気味な雰囲気を醸し出す。
鬼怒川が寂れいる事は知っていたが、ここまで酷いとは思いもよらなかった。
そうこうしいるとホテルに到着した。
外観は昭和を感じさせる作りで、出来たばかりの頃は豪華なホテルだった事を伺わせる。
かなりの古臭さだが、温泉付きでこの値段なら悪くないと思って予約したのだ。
中に入ると女将さんが愛想よく迎えてくれたが、ロビーには鹿の剥製や黄ばんだ観光ポスターが飾られ、時間がとまっているような錯覚に襲われる。
それに廊下の奥は照明が落ち、途中から先が使われていないことが一目でわかる。
「そちらは立ち入り禁止になってます」と説明を受けながら、渡された部屋の鍵がやけに錆びついていたのが妙に印象だった。
誰かが見ている
夕食は広い宴会場で食べた。予想より豪華で味も悪くないが、いかんせん私たちだけの貸切状態。
食後に大浴場へ行こうと廊下を歩いていたときだった。
「……今、二階の窓に誰かいなかった?」
友人が指差したのは、中庭に面した二階の部屋だった。
見上げるとぼんやりと明かりがついた部屋、カーテンの隙間から誰かがこちらをじっと見ている。
目が合った瞬間、すっと姿を隠した。
普通であれば、たまたま宿泊客の誰かと目が合っただけで済んだと思う。
でも、あの部屋のある場所は違う。
チェックインのときに、あの区画は立ち入り禁止と聞いている区域。
浴場から戻った後、どうしても気になって女将さんに聞いてみた。
「ああ、あそこは去年から雨漏りを直してないいので使っておりません」
「でも、窓から誰かが」
女将さんは笑って、「この時期は風が強いから、カーテンが揺れたんじゃないかしら」と言うのだ。
夜の異変
友人と酒を飲み、くだらない話で時間を潰し、そろそろ寝ようかという頃だった。
タン……タン……
規則的な音が、廊下に響いた。
一定の間隔で、誰かが歩くような音だった。
友人が扉を少し開け、様子を伺う。
「階段の上から聞こえる」
上へ続く階段の先から、音が聞こえてくる。
夕食の時に私たち以外に見かけなかった事から考えると、他の客はいないはず。
それでも最初は、誰かがいるのだろうと思った。
音は止まらなかった。
一定の間隔で、同じ音が続いて、眠ろうとしても煩くて眠れない。
しばらくすると友人が舌打ちし、布団をはねのけ立ち上がる。
「ちょっと行ってくる」
それだけ言って、部屋飛び出していったのだが、戻ってきたときには様子がおかしい。
顔色が悪く、息が荒い。
「部屋、あった」
音のする場所はすぐに分かったという。
扉を叩くとわずかに開いたので覗き込むと、中には誰もいない。
音だけが続いていた。
部屋の中へ入って調べて見ても、原因になるものは何もないのだが、音は鳴り続けている。
たぶん、ホテルが古いのでなにかが反響して音がでているのだろう。
それだとどうにもならない、諦めて部屋を出ようとしたとき。
「……いた」
友人は、そこで言葉を切った。
さっきまで誰もいなかった場所に、誰かが立っていたというのだ。
怪異の訳
私たちはなんだか恐ろしくなって、結局その夜は誰も眠れず、朝まで酒を飲んで時間を潰した。
チェックアウトの際、女将に一言文句を言った。
「夜中に、上の階からずっと音がしていて」
すると、女将は一瞬だけ言葉を詰まらせたのだが、すぐに笑顔を作り、「気のせいだと思いますが、ご迷惑をおかけしました」と頭を下げた。
ただ、そのときの目線は明らかにこちらを見ていなかった。
もしかすると女将の言うように、気のせいなのかもしれない。
古い建物だし、なにか音の反響なのかもしれない。
ただ、どうしても頭から離れず、視線も音もはっきりと覚えている。
後になって知ったことだが、この周辺には、同じような体験談が語られている場所もあるらしい。
ただ、あのホテルは翌年に営業を終了している。
今となっては確かめる方法はない。
※画像はイメージです。


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