梅雨の終わりの、ひどく蒸し暑い夜のことです。
当時、私は築二十年ほどの木造アパートの一階、六畳一間のワンルームに住んでいました。その日も夕方からまとまった雨が降り出し、部屋の中は不快な湿気で満ちていました。
コインランドリーに行くのも億劫で、私は狭い居間に突っ張り棒を渡し、そこに洗濯物を干すことにしました。Tシャツやタオルを限られたスペースに無理に詰め込んだため、洗濯物同士が隙間なく並び、まるで部屋の中に布の壁ができたような圧迫感がありました。部屋の明かりを消すと、窓からの街灯が濡れた衣類を透かし、ひどく歪な影を畳の上に落とします。
夜中の二時を回った頃、ベッドの中でスマートフォンを眺めていた私は、ふと耳障りな音を捉えました。
チリ、チリとプラスチックのハンガー同士が、微かに擦れ合うような音です。 エアコンの風は当たっていないはずでした。狭い部屋の空気は完全に滞留しています。気のせいだと思い画面に目を落としましたが、数分後、今度は明確な音が響きました。
衣類と衣類が、まるで誰かが手で押し分けたかのように深く擦れる音です。
スマートフォンの液晶を消すと、部屋は一瞬で静寂に包まれました。暗闇に目が慣れてくると、干された洗濯物の影がぼんやりと浮かび上がります。部屋の奥、ちょうど大判のバスタオルを二枚並べて干したあたりです。その二枚の隙間が、ほんの数センチだけ、不自然に広がっているように見えました。
じっと見つめていると、目が乾いて痛んできます。湿気を含んだ洗剤の匂いが、急に生臭く感じられました。 私は寝返りを打ち、洗濯物に背を向け、布団を頭から被りました。耳を澄ませてしまいましたが、その後は夜が明けるまで、二度と音は聞こえませんでした。
翌朝、アラームの音で目が覚めました。 昨夜の違和感が嘘のように、洗濯物は整然と並んでいます。私は乾いた衣類を一つずつハンガーから外していきました。
最後に残ったバスタオルを引き剥がした、その瞬間でした。 床に何かが落ちたのではなく、バスタオルの「内側」に、それが張り付いていました。
黒いナイロン製のストッキングでした。
一目で他人のものだと分かる、薄手の、大人の女性用のものです。つま先から太ももまでの片足分だけが、まるで今さっき脱いだかのように、生々しく丸まった状態でタオルの繊維に絡みついていました。
私は一人暮らしですし、当然、そのようなものを購入した覚えはありません。前日、脱水後の衣類を一つずつ手でほぐして干したのですから、こんな黒い塊が混ざっていれば絶対に気づくはずです。
何より奇妙だったのは、そのストッキングが「完全に乾いていた」ことです。
周囲のバスタオルやTシャツは、部屋干しの湿気でまだ生乾きの芯が残っていたにもかかわらず、その黒いナイロンだけは、まるで最初からそこに乾いた状態で存在していたかのように、カラリとして軽い音を立てました。
あの夜、バスタオルとバスタオルの隙間が数センチだけ広がっていた、あの空間。 そこに「何が」収まっていたのか。
それを引きずり出した時の、指先に残ったナイロンの妙にカサカサとした乾いた感触だけが、今も頭から離れません。
※画像はイメージです。


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