神奈川県厚木の山神トンネル

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神奈川県厚木市七沢にある隧道、通称「山神トンネル」。
昭和初期に地元住民の生活道として建設されたとされ、全長は約80メートル。最寄りの本厚木駅からはバスと徒歩で約45分かかる。周辺はハイキングコースとなっており、車でトンネルのすぐ横まで乗り付けることはできない。こうした地理的な情報については、複数の訪問記でも一致している。

では、このトンネルにはどのような怪談が伝わっているのか。代表的なものを三つに分けて見ていこう。

一つ目は、建設中に作業員が死亡したという話だ。
しかし、この事故については現地にそれを裏付ける遺構などはなく、実際に事故が起きたのかどうかは分かっていない。
さらに気になるのが、九州にある山神第二トンネルとの混同だ。こちらでは実際に53人が死亡する事故が起きており、同じ「山神」という名前から、別の場所で起きた事故の記憶が転用された可能性も指摘されている。
つまり、山神トンネルの「工事中に作業員が死亡した」という話については、現時点では事実として扱うことはできない。ところが、オカルト系サイトではこの二つを区別せず、あたかも厚木の山神トンネルで起きた事故であるかのように紹介している例が少なくない。こうなると、怪談の紹介というより単なるコピペである。

二つ目は、神隠しや行方不明にまつわる話だ。
1990年代、トンネル入口に行方不明者の捜索を呼びかける張り紙があったという証言が残っている。ただし、張り紙があったことと、その人物がトンネルで神隠しに遭ったことは別の話だ。張り紙の存在だけでは、行方不明事件とトンネルとの因果関係までは分からない。

三つ目は、暴行殺人の話である。
現在、簡易トイレが建っている場所には、かつて小屋があったとされる。そして、その小屋で女性が暴行された末に死亡したという話が伝わっている。しかし、その小屋は現在では跡形もなく、女性の死亡事件についても具体的な情報は確認できない。

こうして三つの話を並べてみると、共通する特徴が見えてくる。
「事故があった」「人が死んだ」「行方不明者が出た」という話だけが独り歩きし、具体的な日付や被害者の名前、事件の詳細などはほとんど語られていない。
これは怪談が広がっていく過程としては、珍しいことではない。

実際に起きた事故や事件についての噂が山中のトンネルという舞台と結びつき、そこへ新たな体験談が加わることで、いつしか「このトンネルでは昔、人が死んだ」という一つの怪談として定着していった可能性がある。

少なくとも現時点で確認できる範囲では、山神トンネルそのものが実在することと、そこにまつわる死亡事件が事実であることは分けて考える必要がある。

そして、ここからは事件の話ではない。

七沢から林道を四十分ほど歩き、日が落ちてから山神トンネルを訪れた。
入口に立つと、煉瓦は湿気を帯びて黒ずんでいた。懐中電灯を向けても、奥の闇はほとんど光を返さない。
そのまま中へ入った。

靴底が水たまりを踏むたび、足音がトンネルの中に響いた。ところが、しばらく歩いたところで妙なことに気づいた。足を止めても、音がすぐには消えない。半拍ほど遅れて、後から反響が返ってくるのだ。
気のせいだと思い、そのまま歩き続けた。

山神トンネルは全長80メートルほどしかないはずなのに、なかなか出口が近づいてこない。歩いているうちに、実際の倍近くあるように感じてきた。
中ほどまで進んだところで、後ろから複数の足音が聞こえた。一人ではなく、何人かがこちらへ近づいてくるような足音だった。振り返ってみたが、トンネルの中には誰の姿もなく、聞こえていた足音もいつの間にか消えていた。

気のせいだったのかと思い、前を向いて反対側の坑口へライトを向けた。出口に見えていた丸い光が、妙に小さく見える。さっきより遠くなっているようだった。それでも歩き続け、やがて出口にたどり着いた。
トンネルを抜けた先の斜面には、簡易トイレの建屋が一つあった。その周囲だけ、下草が不自然なほど短く刈られている。誰も管理していないはずなのに、そこだけ草が刈られていた。

そのとき、背後に誰かが立っているような気配を感じた。
振り返るより先に、肩に重みがかかった。
反射的に振り返ってみたが、そこには誰の姿もなく、周囲にも人がいる気配はなかった。ただ、刈られたばかりの草の匂いだけが、妙に濃く残っていた。

これは怪談であって事件記録ではない。
山神トンネルそのものが実在することと、そこで語られてきた怪談が事実であることは、同じではない。
その区別を怠ってしまえば、いつの間にか「噂」が「事件」になり、「怪談」が「史実」になる。
怪談を怪談として語ることと、噂を史実に仕立てることは、まったく別の話である。

隧道拾遺

「奇妙な話を聞かせ続けて・・・」の応募作品です。
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※画像はイメージです。

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