知らない家に帰っている

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「これ、俺じゃないよな?」
「何が?」
「この履歴」

昼休み、俺はスマホを佐々木に渡した。

「位置情報?」
「そう。昨日のやつ」

佐々木は画面を眺めた。

「お前、昨日どこか行ったの?」
「行ってない」
「でも行ってるじゃん」
「だからおかしいんだよ」

地図には、自宅から歩いて近所の住宅街へ向かった記録が残っていた。
途中でコンビニに寄っている。
そこからさらに二百メートルほど進んで、一軒の家の前で止まっている。

「この家、知ってる?」
「知らない」
「じゃあ何しに行ったの?」
「俺が聞きたい」
「位置情報なんて間違うだろ」
「一回ならな」

俺は履歴を遡った。

「これ、昨日だけじゃない」
「……いつから?」
「三か月前」

佐々木の顔から笑いが消えた。

「毎日?」
「毎日じゃない。バラバラ」
「曜日は?」
「決まってない」
「時間は?」
「それもバラバラ」
「じゃあ、何が同じなんだよ」

俺は地図を拡大した。

「ここ」

全部、同じ家で止まっていた。

「毎回、この家」
「行ったことない?」
「ない」
「本当に?」
「ない」
「じゃあ、一回見に行けば?」
「嫌だよ」
「自分の履歴の謎を解くのに?」
「だから嫌なんだよ」

結局、その日の帰りに行くことになった。
家は普通だった。
古くもない。
廃屋でもない。
庭には自転車が二台置いてあり、玄関脇には子供用の傘が立てかけてあった。

「普通の家じゃん」

佐々木が言った。

「だから気持ち悪いんだよ」
「何が?」
「俺が知らないだけで、実は毎週ここに通ってるとかだったら嫌だろ」
「それならお前、相当な健忘症だな」
「笑えない」

そのとき、玄関が開いた。

「何か?」

四十代くらいの男性が出てきた。
俺は慌てて頭を下げた。

「あ、すみません。ちょっと聞きたいことがあって」
「はい?」
「この辺で、俺を見たことありませんか?」

男性は俺の顔を見た。

「ありますよ」

背中が冷たくなった。

「……いつですか?」
「何度も」
「俺、ここに来てました?」
「来てます」

佐々木が俺を見る。
俺は男性に聞いた。

「何をしてました?」

男性は少し考えてから答えた。

「家に帰ってました」
「……は?」
「いつもそうです」
「俺が?」
「はい」

男性は不思議そうな顔をした。

「玄関の前まで来て、鍵を出すんです」
「鍵?」
「それでドアを開けて、中に入る」

俺は自分の鍵を握った。

「この家の?」
「そうです」
「いや、俺、この家の鍵なんて持ってません」

男性が黙った。

「……見せてもらえますか?」
「何を?」
「防犯カメラ」

男性は少し迷ったあと、家の中へ案内してくれた。
映像には、俺が映っていた。
一週間前。
その前。
さらに前。
服装は毎回違う。
歩き方も俺だった。
そして毎回、玄関の前でポケットから鍵を出している。

「これ……」

俺は画面に顔を近づけた。

「俺です」

佐々木が言った。

「お前だな」
「でも、ここに入ったことない」
「映ってるだろ」
「分かってる」

映像の中の俺が鍵を差し込む。
玄関が開く。
そして家の中へ入っていく。
そのたびに、映像はそこで終わっていた。

「中に入った後は?」

男性が首を振った。

「玄関のカメラだけです」
「じゃあ、俺が中で何をしてるか分からない?」
「分かりません」

俺はしばらく黙った。

「……この家、前に誰か住んでました?」

男性が眉を寄せた。

「私たちが買う前ですか?」
「はい」
「古い持ち主のことなら、不動産屋に聞けば分かると思いますけど」

その日は帰った。
家に戻ってから、スマホの履歴を全部確認した。
変なことに気づいた。
位置情報は、この三か月だけではなかった。
一年前。
二年前。
さらにその前。
同じ家が記録されている。
ただし、一年前の履歴では、まだ別の家だった。
建物が違う。
表札も違う。
現在の家は、その土地に建て替えられていた。

「……なんで?」

俺は古い地図を調べた。
すると、その場所に以前から住宅があったことが分かった。
さらに古い地図。
また家がある。
建て替えられている。
そのたびに、俺の位置情報には同じ場所が記録されていた。

「家じゃない」

俺は呟いた。

「場所を記録してるのか?」

その夜、スマホを初期化した。
位置情報も全部消した。
これで終わると思った。
翌朝。
新しく設定したスマホを開く。
位置情報の履歴は空だった。
当然だ。
昨日までのデータは消した。
ところが、一件だけ表示されていた。

「昨日」

訪問先。
あの家。

「……嘘だろ」

俺は履歴を開いた。
滞在時間は四十分。
自宅から徒歩で移動。
家の前で停止。
そして、そこから自宅へ戻っている。
俺は昨日、そこへ行っていない。
スマホも初期化した。
それなのに、記録だけが残っている。
さらにおかしいことがあった。
移動ルートを見ると、家の前で終わっていない。
建物の中を進んでいる。

玄関。
廊下。
階段。
二階。
そこで止まっている。

「……二階?」

俺は昨日見た家を思い出した。
平屋だった。
二階なんてない。
気味が悪くなって、佐々木に電話した。

「もしもし」
「昨日の家、覚えてる?」
「覚えてるよ」
「平屋だったよな?」
「そうだけど」
「二階、なかったよな?」
「なかった」
「じゃあ、これ何だと思う?」

俺はスクリーンショットを送った。
しばらく既読がつかなかった。
やがて返信が来た。

『お前、これどこから送った?』
「自宅」
『嘘つけ』
「何が?」
『位置情報、お前のスマホじゃない』
「は?」
『スクショに出てる端末情報』

俺は画面を確認した。
自分のスマホの名前ではなかった。
見覚えのない端末名が表示されている。

『これ、何?』

佐々木から続けてメッセージが来た。

『お前のアカウントに、もう一台ログインしてる』
「……そんなわけない」
『じゃあ確認しろ』

アカウントの端末一覧を開いた。
自分のスマホ。
自宅のタブレット。
それから、見覚えのない端末が一台。
最後に使用された場所は、あの家だった。
俺はその端末を削除した。
すぐに表示が消えた。
これで終わった。
そう思った。
翌日。
また通知が来た。

位置情報の履歴が更新された。
訪問先は、あの家。
俺は行っていない。
当然、行っていない。
ただ、今回は今までと違った。
滞在時間が表示されていた。
四十分。
そして、その下に新しい項目があった。

「この場所から自宅までのルート」

俺は画面を見つめた。
そのルートは、今までと逆だった。
家から俺の自宅へ向かっている。
そして最後の位置情報は、自宅の玄関前で止まっていた。

俺は玄関を見る。
鍵は閉まっている。
そのとき、スマホが震えた。

新しい通知。

『自宅に到着しました』

俺は玄関を見た。
外には誰もいない。
もう一度スマホを見る。
今度は通知の下に、写真が一枚表示されていた。

玄関の前から撮った写真だった。
そこには、俺の部屋のドアが写っている。
そして写真の右端。

廊下の奥に、誰かが立っていた。
顔は見えない。
ただ、手にスマホを持っている。
画面には、俺が今見ているものと同じ地図が表示されていた。

知らんけど

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