国内の怪談話を調べていると出てくる「百物語」。
何をするのかざっくりとは知っているけど、「そういえば海外にも似たようなものってあったっけ?」。
そんな素朴な疑問から百物語を多面的に考察し、時に仮説を立てながら探訪していく。
百物語とは
百物語とは『怪談』に分類される物語を百話語ること、またはその集まりである。
現代でもよく知られる「100本の蝋燭を怖い話を語るごとに1本ずつ消していく」というスタイルの他に、百物語には細かい手順や事前に準備するもの、行ってはいけない注意事項などが細かく決まっている。
また百物語で語られる怪談には妖怪や幽霊が出るおどろおどろしいイメージの話の他に地元の民俗伝承や「原因はよくわからないけど不思議な話」というフワッとした話も含まれたという。
起源
明確な起源は不明だが、鎌倉初期には存在した寝ずの番の武士たちが時間潰しに物語を順番に語る『巡り物語』から派生した説、同じく武士たちが度胸試しをした説などがある。時代が流れ、江戸時代には町人たちの間で娯楽として怪談と共に流行した。
目的
前述を参照するなら度胸試しや娯楽が主な目的といえるが、「100話目を話すと怪現象が起きる(蒼行灯という妖怪が現れる)ので99話目で止めること」という百物語の注意事項から『怪現象を起こすため』。
ひいては『蒼行灯を召喚するため』という怪異に対する好奇心や期待を動機とする場合もあったかもしれない。
海外の類似文化
日本のこっくりさんと海外のウィジャボードのように、詳細に違いはあれど百物語と類似するものがあるのではと予想していたが、調べた限りでは海外の文化に「複数人で集まり一晩かけて怖い話を100話話していく」というものは見つからなかった。
百物語を細かく見ていけば、百話話すことで蒼行灯という妖怪が現れる。
ある手順を踏んで特定の怪異を召喚するという点から『ブラッディ・マリー(夜中に鏡の前で3回名前を呼ぶと現れる女性の霊)』
100近い怪談を複数人で語っていく
その話数の規模から恐らく語り手の地元に伝わる伝承なども含まれていただろう推測と複数人が集まり語る場に生じる「話の蒐集・伝播」という性質の点から『グリム童話(グリム兄弟が集めた各地方に伝わる民話・伝承集)』
などがかろうじて近いというか、要素を含んでいるか…?といったところ。
なぜ類似するものが見つからなかったかを推測すべく再度調べながら整理する。
百物語の発想がなかった説
百物語の起源(諸説あり)は寝ずの番の武士たちの時間潰しや度胸試しとある。
当時の武士の寝ずの番は就寝する主人の護衛で行われていたが、海外で寝ずの番と調べると「故人の遺体に一晩中寄り添う慣習」と出る。日本の線香などの火を見守る見守り役と違い、海外では死により魂が抜け空の器となった肉体を悪魔に狙われないようにするため、寝ずの番をする親族たちは割と賑やかに一晩を棺の傍で過ごす。
2022年エリザベス女王死去の際イギリス王室で行われた寝ずの番は儀式の銘通り故人に敬意を表す粛々とした雰囲気だった。いずれの場合も「ヒマだし100話怖い話していこうぜ」と提案されるとは考えにくく感じる。
では兵士たちの度胸試しはどのようなことをしていたのか調べると、「斧で髭を剃る」という中々パンチの効いたワードを見つけた。もちろん他にも行われた度胸試しはあると思うが、このベクトルの発想だと怖い話をするよりは蝋燭の火で髭を燃やしそうまである。
類似したものが見つからなかっただけで実はどこかに存在している説
正直上の筆者の主観混じりの説より信憑性があると思っている。今回主に調べたのがキリスト教圏で『怪談』ひいては『妖怪・怪異』や『幽霊』に対する捉え方(キリスト圏では死後の魂は神の御許に還ると説くため、信仰が根強い土地ほど未練により現世を彷徨う幽霊という概念が定着しにくい傾向がある)にも違いがある地方だったため。
見つからなかったのであり、日本と似たような信仰、心霊話が定着している国では百物語に似た儀式や集まりがある可能性はむしろ高いと思われる。
現代における百物語浸透の可能性
前章の調べものをしている際、友人が百物語を降霊術の一種として海外の知人たちに印象を聞いてみた話を思い出した。
知人たちに百物語を知っている者は少なかったが、
「100話も話すの大変そう」
「退屈そう」
に続き
「幽霊を呼ぶ方法として信憑性はありそう」
という意見もあったという。
2020年にはニュージーランドで百物語を題材にしたホラー映画が制作された。百物語を知った若者たちが集まり怖い話を語っていく中で怪現象が起きる…というオムニバス調の映画で、作中語られる怖い話に文化的な差異は見られるものの百物語の作法は意外にしっかり調べた形跡が見られるようだ。
地方で伝わる文化が国境を越えた先の別地方でも見られるケースとして、「似た発想の元生まれた」という他に「外部の文化が輸入され地元独自の変容を遂げた」というパターンもある。
如何せんこういったものをコンテンツや創作物に落とし込むのは国内外共に長けているので、今はまだ馴染みが薄い百物語が、今後海外勢にとってもポピュラーな文化や存在となっていく未来は大いにあり、そこに思いを馳せるのもまた探訪の醍醐味といえるだろう。


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